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サブフォーを狙う

2004/10/11(Mon) 21:12

最近はWEBのマラソン体験記を読み漁っている。
3時間前後で走る人は練習を日課とし、体重・体脂肪率はもちろん、脈やピッチまで測っている。
3時間半から4時間を切るくらいなら、そんなに本格的に練習はしていない人でも可能なようだ。初挑戦してみました、という感じの人もいる。私はそのタイムを必死になって目指している。
しかし、私のハーフの記録からすると、3時間半を目標としてもおかしくないくらいのタイムである。実際、初挑戦の荒川の時は、6分ペースでも遅いくらいだと考えてどんどんあげていったくらいだった。
結果、大失速してしまったが。
もう一度見てみたが、やはりハーフ1:40で走っているならサブフォーを狙ってよい、狙わねばならない! 膝痛さえなくせば、絶対にいける!

2004/10/16(Sat) 20:47
その膝痛が・・・
こりゃやばいわ

30km走を試みる

人生はマラソンにたとえられない。
そもそも、いったい人生の何とマラソンを比較しているのだろう?
単に肉体的なことだろうか?そんなことならそれはマラソンではなく、物質として、せいぜい有機物・生物として、時間と空間、重力等に制限されているという、マラソンなどにたとえるまでもないことである。
「頑張る」ということだろうか?頑張りすぎると途中でバテる、かといってゆっくり過ぎては遅れる・・・。 はたまた、経済的なことだろうか?経済とは決定的な違いがある。それはマラソンの貯金には利息がつかない、ということだ。人生において貯金はあればあるほど特をする。利息がつく。その利息は楽になる一方で、貯金することで重荷になることはない。
しかしマラソンでは貯金とはオーバーペースでしかない。それは後半の失速の予兆、あるいはレース展開の見込み違いを示すにすぎない。
ペースの貯金をしたから後半ゆっくり走れる、とは心理的には真かもしれないが、ペースを落とすことはあげることと同じくらいに負荷となり、泥沼に陥いる危険をはらんでいる。
マラソンと人生の決定的な違いは、練習の有無である。言うまでもなく人生に練習はない。逆にマラソンは練習がすべてである。いかに練習をして鍛えて、コンディションを整えてスタートラインに立つか、ということにかかっている。スタートラインに立った時点でほとんど結果は決まっている。レース当日には練習の成果が出るのみで、そこでの頑張りはオマケでしかない。


30Km走った・・・・いや、走れなかった。 3年前の荒川マラソン前に、一度30Km走にトライして挫折した経験がある。途中で完全なガス欠状態になり、25Km地点あたりで歩きはじめ、なんと途中で歩くこともできなくなり、道端に座り込んでしまったのだ。後にも先にもない経験だった。もっとも、このときは朝食抜き・給水も無しだったから無理もなかった。20Kmまではそれでも走れていたが、30Kmになるとワケが違う。
30Kmでそんな体たらくだったから、本番に臨むのには不安があった。しかし、ハーフのタイムなどから、4時間は切れるのではないかという甘い期待を抱いて、6分/Kmペースで走った。折り返し地点までは非常に好調であった。これはいける!・・・・・・
ところが後半にはいってガクッと疲れが出始める。まだ半分なのか・・・というネガティブな思考が沸いてくる。30km走での失敗の記…

膝に来た

ついに膝に来た。いつか来るとは思っていたが。まあ、3ヶ月もあれば、1・2度はケガがあるものだとは覚悟していた。
経験上、ケガで練習が出来ない事のもったいなさを痛感しているので、今回は痛みを感じてすぐ練習をとめた。実際は走っている途中に来たのだが、20Km送の折り返し直後だったのでどうしてもやめたくなくて、少し屈伸等をし、ペースを落として回復したので最後まで走ってしまったら、階段を下りるときに痛む。しかし、それ以外はまったくと言っていいほど痛まない。チョウケイジンタイ炎というほど悪化はしていないはず。
ただ、今回わかったのは、自分はO脚であるということ。WEBにあったO脚に悩んでいるあるランナーの足の写真をみたら、自分とそっくりだった。膝がよく痛むのはフォームの悪さ、準備運動不足、体の堅さ、シューズの問題などだと思っていて、O脚であることが原因であるとは考えていなかった。
それを意識してストレッチをしたら、痛みが急に消えた。 外反母趾もある。ふくらはぎがよくつる。コキコキなる。特に右足首。
直したいな・・・。これらを直して、体重が60を切るくらいになったら、かなり楽にサブスリーを達成できそうな気がする。