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2005年4月18日月曜日

霞ヶ浦マラソン もうマラソンなんて・・・

もうマラソンなんてやらない。

あまり思い出したくないが、レースを振り返ろう。
1ヶ月前の腰痛と1週間前の軽い肉離れのせいで、最後の追い込みができなかった。そのくせグリコーゲンローディングの名の下に食べ過ぎてしまい、65kgになってしまった。
でも前日はよく眠れて、体調も万全だった。暑くなるのが心配で、実際暑くなったが、問題はそんなことではなかった。

ひざ痛も、左フクラも、腰も、なんともなかった。
しかし、荒川と同じような失敗をした。前半のオーバーペースと25km過ぎからの露骨な失速。折り返しで5:30ペースを切っていた。15kmくらいでは5:20ペースになっていたのだ。

なぜ飛ばしすぎたのか?十分な練習ができなかったことの不安の裏返しである。5:40ペースで走っても、どうせ30Km付近でペースダウンしてしまうのではないか、それなら前半に貯金をしておいた方がいいのではないか、ひょっとしたら前半いいペースだったらそのまま乗り切ってしまえるかもしれない・・・とはっきり意識したわけではないが、そんな心理が働いたのだろう。

ペースメーカーとして、ある女子を選んだ。小柄で、ぶれのないフォームで着実に走っている。しかし、どうも少し速い。ちょっと気を抜くと離されている。こりゃきついなと感じていたが10kmくらいで慣れてしまう。荒川の時と同じ。そして折り返し地点ではっと我に返る。あと半分だぞ?いままで走った距離と同じだけこれから走るんだぞ?20kmなら練習でも5分ペースで走ってどんなものかわかっている。しかし、それを2セット続けるのだ・・・まず心理的な不安が襲ってくる。体よりも心、もしくは頭が先にバテる。22Km、23Kmくらいから、ペース計算ができなくなってくるが、あきらかにペースは落ちているのがわかる。時計を見るのが怖くなってくる。4時間・・・無理だ・・・。

25Kmで食べようと思っていたアミノバイタルの錠剤を、少し手前で食べた。即効性はない。
25Kmで、ストップウォッチをゼロに戻して再スタートした。
6分を超えるペース。ということは4時間を越える。
一気にやる気が失せてくる。終盤のコースは家畜だか腐ったドブだかわからないが悪臭が漂う。道が狭く景色も殺風景だ。
給水のたびに歩くようになる。なんとか疲労を回復させようとバナナなどを食べる。バナナは、即効性があったように感じた。しかし、脚はどうにもならない。これは練習不足とオーバーペースによるものだ。

歩いたりとまったりを繰り返す。やたらに給水所が多い。1Kmおきくらいにあったんじゃないか。37Km。あと5Km。料金所だ。すぐじゃないか・・・でも脚が動かない。このときのペースはどれくらいだったろうか。もう時計を見ることもしなくなっていた。
40Km地点だったろうか?給水所もないのに歩きはじめた。そしてそのまま歩き続けた。歩けるのだから走れないこともないだろうとも思うが、どうしても走れない。走ったら足を痛めそうな気がした。
歩いてゴールしてやれ、と開き直った。

でもさすがにトラックを歩いてゴールするのは恥ずかしいし気が引ける。計測機のピーピーいう音が聞こえてきた。あと200メートルくらいのところからなんとか走りだす。感激のないゴールだったが、荒川の時の様な不完全燃焼感がなかったのだけはよかった。走り終わってへたり込んだ。呼吸や心臓ではない、足だ。足が弱い。
ほどなくしてペースメーカーだった女子がゴールしてきた。5分か10分くらい後だったと思う。もしあの子についていっていたとしても、結局最後はペースが落ちていたのかな、と思う。