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ダイエット

2005/12/09(Fri) 12:42

1週間やめましたがその後はほぼ毎日です。

2005/12/10(Sat) 04:15

最近ダイエット的なことを始めています。何をしているかというと、毎日飲んでいる酒を時々やめる。
飲む時も、柿ピーとかせんべいとか寿司とかコンビニ弁当とかを食べない。外食するときも炭水化物を控えてたんぱく質を多めに取るようにする。

たとえば好物の海苔ピーパック。一袋二百何十円で、5袋くらい入っている。これをぜんぶ食べると

カロリー:123Kcal
たんぱく質:4.3g
脂質:6.4g
炭水化物:12.1g

そして同じ亀田製菓の柿の種一袋あたり

内容量:43g
カロリー:209Kcal
たんぱく質:6.2g
脂質:8.9g
炭水化物:26.1g

100gあたりで比較してみると・・・
(カロリー、たんぱく質、脂質、炭水化物)

海苔ピー 512.5Kcal 17.92g 26.67g 50.42g
柿の種 486.05Kcal 14.42g 20.70g 60.70g
雪印北海道カッテージチーズ 107Kcal 14.2g 4.7g 1.9g

意外なことにたんぱく質はカッテージチーズの方が少ない。
柿の種とは大差ないが、海苔ピーは多い。海苔のせいか?

脂質と炭水化物の差は歴然としているが、これは美味しさの差と言えなくもない・・・
カッテージチーズはパサパサしていて、味気ないのだ。
大好きなカマンベールはどうだろう?

314Kcal 20.1g 25.7g 0.5g
107Kcal 14.2g 4.7g 1.9g

ほう、たんぱく質は多いし炭水化物はむしろ少ない。
ただ脂質の多さが・・・・うまさ≒脂質か。


ついでに即席ラーメンもしらべた

カップヌードル 472.73Kcal 13.12g 20.78g 58.31g
どん兵衛    454.05Kcal 10.54g 20.14g 57.97g

ついでに丼も

親子丼 168.79 5.88 3.45 25.85
カツ丼   262.12 9.91 12.91 23.73

こうしてみてくると、非常に大雑把ではあるが、

脂質≒おいしさ
炭水化物≒満腹感

たんぱく質は、食べる時にはほとんど意識できない。あえていうと、落ち着き、かな。
なんとなく、たんぱく質の多い食品を食べた時は、落ち着くような気がする。


ただ、言いたかった事は、ダイエットに王道なし、健康に王道なし、と言う事だ。3日酒を飲んだら3日やめればいい、1週間やめればいい、とか、肉ばっかり食べてきたから野菜を食べるようにしよう、とか、そういうわけにはいかない。いろんなものを、ガッツクことなく、好き嫌いせずに、規則正しく食べる。

2005/12/10(Sat) 06:00

私はダイエットという事をしたことがない。健康診断ではずっと「やせている」の判定だった。もっともやせていたのは、社会人になりたての頃で、60Kgなかった。
食べたいものを、ご飯も肉も揚げ物も甘いものもなんでも食べていたが、ぜんぜん太らない。ただ酒はほとんど飲まなかった。25,6くらいから酒を飲むようになったが、そんなに太らなかった。30くらいになると、食後ウエストがきつくなるのを感じるようになってきた。しかしそうなった時には食事を減らすなどして調節した。一人暮らしの時はめんどくさいので三食などとらない。一人なら食材の調整も自由なので無理がきく。だが、感覚として、体重はさほど増えず体型も変わらないが、筋肉量が減っている事は痛感していた。1998年ごろ、道端にある体脂肪計で測定してみたら、18パーセントくらいだった。今は、そうとう走りこんでやっと19をきることができるくらい。何もしない日だと23とか25とかになる。酒を飲むと一気に跳ね上がる。走るようになって、体脂肪というものを気にし出した。これはなかなか難しい。測定器が売られているが、厳密な体脂肪率を測定するのはかなり難しいらしい。

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死を望む人の死生観

最近は死にたい気持ちがいっそう募ってきた。単なる慣用句また感動詞としての「死にたい」ではなく、本格的な「希死念慮」という奴である。

そしてまた自殺の方法を調べた。恐怖と苦痛が少なく迷惑もかけない死に方はないか・・・。

すると、2ちゃんねるの自殺未遂体験を語るスレッドが見つかった。
以前にもちょっと眺めたことはあるが、じっくり読んでみた。

多いのは薬物とリストカットと足がつく場所での首吊りだった。
失敗した原因は、同居人のいる自宅で遂行した、電話やメールで知人にほのめかすかあるいははっきり宣言して助けられた、恐怖で自殺を思いとどまった、などである。

共通しているのは、すべて自分が死ぬ覚悟ができていなかった、死ぬ恐怖に打ち勝てなかったということである。

自殺の話になるとまず言われるのは「自殺なんかしてはいけない。命は授かりものだ。」という自殺罪悪説である。それから、「自殺未遂なんて本気で死ぬつもりなどないのだ。死にたいのならとっとと死ね」という未遂に対する罵倒。そして、「何があったの?死ぬ前に誰かに相談すれば?生きてればいいことあるよ」という心配。

「自殺は素晴らしい」という人はまずいない。
だが、非常に潔く動機も生活苦などではない場合はそれが賞賛される場合もある。
乃木稀典とか、三島由紀夫とかである。

私はこの2人の自殺にも興味を持っていろいろと調べてみたが、あまり手放しでは賞賛できないような事実をいくつか知った。そして、2人の死について否定的な考えを表明している有名人も大勢いることを知った。



調べれば調べるほど、自殺というのは限りなく困難なもので、ほとんど不可能に近いと思えてくる。
ロープを用意し、山の中まで行って首を入れるところまでいってもやめてしまう人がいる。
薬の大量服用については、本人の意志に関係なく吐いてしまい、まず成功することがない。

未遂に終わった場合、「二度と自殺なんかしない」という人が多いが、中には「今度こそ」と考える人もいる。実際、自殺に成功した人は何度か未遂を繰り返した人が多いそうである。



私は自殺を試み未遂に終わる人たちがすべて本気で死のうとしていないとは思わない。
彼らは本当に絶望していて、生きることは苦痛以外の何物でもなく、死ぬしかないと思っている。
しかし、いざ死のうとすると苦痛と恐怖で思いとどまってしまう。

思いとどまるときに、たと…

グリーン車で横の席に荷物を置く人

私は常磐線で通勤しているのだが、最近朝がつらくて、
グリーン車に乗ることが多い。

私が乗る駅では、グリーン車は窓際はまず埋まっている。

窓際に人がいる隣の通路側の席に座る。


だが、そこにカバンを置いている人が非常に多い。

私はそれがとても頭にくる。というか、その神経が理解できない。


なぜそんなことができるのだろうか?

私は休日にもグリーン車に乗ることがあるが、

ガラガラでもとなりの席に荷物など置いたことはない。

なぜなら、グリーン車は有料だからだ。


距離によるが、550円とか770円とか、ランチが食べられるくらいの料金だ。


まあ、ガラガラであれば、カバンを置いても、私はしないが、まあ許せる。

でも、通勤ラッシュ時で、上野につくころにはほぼ満席になる常磐線のグリーン車で、

隣の席に荷物を置くのは許せない。

その荷物をつかんで放り投げたくなる気持ちを懸命に抑える。


時々、そういう人にむかって、「すいません」と言って席を空けてもらって座る人がいる。

謝るのは荷物を置いている方だろ!


そういうときに、荷物を置いている人が謝るのを見たことがない。

私は、絶対に謝らない。そこまでして座りたくない。


が、そういう人がいると、顔をじっと見る。

そうすると、だいたいどける。



最近わかってきたのだが、この行動は無神経であるとか気が利かないというのではなく、

隣に人を座らせたくないので故意にやっているようだ。


なんという、利己的な行為だろう。私はそういう行為が本当に嫌いだ。


私も、なるべく隣に人がいない席を選ぶ。隣に人が来て欲しくないという気持ちはわかる。

でも、だからって荷物を置いて座らせないようにするなんてことは絶対にできない。

そんなことまでしたくない。


昨日は、隣の席に荷物を置いて寝ている人に、「すいません」と声をかけている人がいたのだが、

寝ている人は2、3度声をかけられても起きなかった。

多分、気づいているのに起きなかったのだろう。



私は振り返って、その人がどんな顔をしているか見た。

年齢は私よりやや上、50歳前後だ。

上着を着ずにワイシャツとスラックスの、ごく普通のサラリーマン風の男性である。


特にバカそうでもズルそうでもダメ人間でもだらしない感じでもない。

でも、そういうごく普通の人間が、このような利己的な行為をするものなのである。

これは静かなる暴力と言ってもいい。


キンタマを掴まれる

この話はツイッターで言いたかったのだが、どうしても「キンタマ」と書く勇気が出なかったのでこっちに書く。

私は猥談が嫌いだ。
猥談なんかしていたのは高校生まで。
わけあって私は一切猥談をしなくなった。
飲み会でもしない。飲み会でそういう話題になると貝になる。

そして、「キンタマを掴まれる」という言葉には性的な意味はない。
それは常識かもしれないがやっぱりキンタマなどという言葉を口にすることははばかられる。
わたしも「キンタマ」などという言葉を思い出したのは久しぶりで、懐かしささえ感じた。

なんで思い出したかというと、夢の中でキンタマを掴まれたからだ。
その夢では、わたしは背後にぴったりと誰かが張り付いているのを感じていた。
それは見えないし、ぴったりではあるがそっとなので気のせいかなと思うくらいだ。
だが、間違いなく張り付いていると確信した。だが、それを自分で払いのけることはなぜかできない。

そこで、近くにいた知り合いと思われる人に、「ちょっとこれはがしてくれない?」と頼んだ。

それを頼んだときに掴まれたのか、その前から掴まれていたのかわからないが、
その背後にはりついていた何者かがわたしのキンタマを掴んでいた。
とても痛かった。その痛みは鋭いものではなく、鈍く、重いものだった。

そして結局背後にいるものがはがされないまま、目が覚めた。
その目が覚める瞬間に、キンタマの痛みもすーっと消えていった。
そして、わたしは「あ、これは自分が作り出している幻覚にすぎないな」ということがわかった。