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再び不調

2007/10/03(Wed) 05:30

2時半に起きた。寝たのは10時か11時くらいだったと思うからまあ結構寝た。しかし酒飲んで例によって電気もPCもつけっぱなしだから熟睡できてない。最近は酒を飲みすぎていて、目覚めたら動悸が激しいことがよくある。危険だ。このままでは死んでしまう。

2007/10/13(Sat) 04:20

先週の土曜日は久しぶりに出かけてかなり疲労困憊でとこについたのだがなぜか眠りが浅く2,3時間で目が覚めてしまった。疲れてはいるのだが眠れない。別に何か気になることがあるとか不安だというのではない。

2007/10/13(Sat) 06:22

最近は寝不足気味である。忙しいからではない。仕事は毎日6時に終わる。別に悩みや心配事があるわけでもない。まあ常にクヨクヨしたりイライラしたりうんざりしたりはしているが、のほほんと生きている。でも眠れないのだ。酒は毎日飲んでいるが、缶チューハイ+水割り+日本酒程度でたいした量ではない。11時くらいには寝てしまうが、2時か3時くらいに目が覚め、そこから眠れない。5時か6時ごろ強烈に眠くなり、すぐにおきるためしんどい。しんどいので最近は駅から仕事場までの歩いて15分くらいかかる道をバスに乗るようになった。それで疲れなくなったことも眠れない理由かもしれない。さらに食欲も低下している。ほとんどウツ病である。

2007/10/13(Sat) 06:24

夕べなんか、1時過ぎに寝て、1時間くらいで目が覚めて、PCをつけたり消したりしつつ結局もう6時半だよ。今はほのかに眠い。このぶんじゃせっかくの土曜日も台無しになりそう。

2007/10/16(Tue) 19:57

最近動悸がはげしい。理由はわかっていて酒と寝不足である。まずいなと思うのは起きたときにトットットットッとなっているときである。これじゃあ寝てても休まってない。測ったわけではないが120くらい。

2007/10/16(Tue) 20:04

依存症かな、と思うのは、なんだかとてもイライラしていて、酒を買って手にとったとたんにすっと気持ちが落ち着いた時。飲んでもいないのに。これは重症かな。

2007/10/22(Mon) 20:51

私は非常に眠りが浅くすぐ目が覚めてしまう。また寝起きは調子が悪く、疲労困憊といってもいい状態のことが多い。といってもいつもごろごろしていてちょっとでも眠くなればすぐに寝てしまうので、別に健康を害する事もない。特に月曜は生活リズムがくずれるので眠い事が多い。と、あるニュース記事が。ある僧侶が9日間不眠で断食、水すら飲まない修行を達成したという。信じられない。馬鹿げているとさえ思う。人間は5日寝ないと死ぬという話をきいたことがあるのだが、死なないのか。断食だけでも無理だが、一番無理だと思うのは寝ないことである。私は徹夜をした経験がほとんどない。生活が乱れて夜起きていたことはあっても夜明けとともに気持ちよく寝ていた。

2007/10/23(Tue) 23:28

今朝も早く目覚めてしまった。その時に私はいつもと違う感じで目が覚めた。「しょせんみんなギャップじゃないのか、とくに経済は」ということを頭の中でつぶやいていた。何がいいたいかというと、「実質どおりの評価がされないからカネが必要になる」という事である。しかし話はそれにとどまらず、たしかメシを食うのも寝るのも何もかもがそうだと考えていた。多分、寝る前に100回くらいやって3回くらいしか勝てなかったチェスのせいだろう。

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死を望む人の死生観

最近は死にたい気持ちがいっそう募ってきた。単なる慣用句また感動詞としての「死にたい」ではなく、本格的な「希死念慮」という奴である。

そしてまた自殺の方法を調べた。恐怖と苦痛が少なく迷惑もかけない死に方はないか・・・。

すると、2ちゃんねるの自殺未遂体験を語るスレッドが見つかった。
以前にもちょっと眺めたことはあるが、じっくり読んでみた。

多いのは薬物とリストカットと足がつく場所での首吊りだった。
失敗した原因は、同居人のいる自宅で遂行した、電話やメールで知人にほのめかすかあるいははっきり宣言して助けられた、恐怖で自殺を思いとどまった、などである。

共通しているのは、すべて自分が死ぬ覚悟ができていなかった、死ぬ恐怖に打ち勝てなかったということである。

自殺の話になるとまず言われるのは「自殺なんかしてはいけない。命は授かりものだ。」という自殺罪悪説である。それから、「自殺未遂なんて本気で死ぬつもりなどないのだ。死にたいのならとっとと死ね」という未遂に対する罵倒。そして、「何があったの?死ぬ前に誰かに相談すれば?生きてればいいことあるよ」という心配。

「自殺は素晴らしい」という人はまずいない。
だが、非常に潔く動機も生活苦などではない場合はそれが賞賛される場合もある。
乃木稀典とか、三島由紀夫とかである。

私はこの2人の自殺にも興味を持っていろいろと調べてみたが、あまり手放しでは賞賛できないような事実をいくつか知った。そして、2人の死について否定的な考えを表明している有名人も大勢いることを知った。



調べれば調べるほど、自殺というのは限りなく困難なもので、ほとんど不可能に近いと思えてくる。
ロープを用意し、山の中まで行って首を入れるところまでいってもやめてしまう人がいる。
薬の大量服用については、本人の意志に関係なく吐いてしまい、まず成功することがない。

未遂に終わった場合、「二度と自殺なんかしない」という人が多いが、中には「今度こそ」と考える人もいる。実際、自殺に成功した人は何度か未遂を繰り返した人が多いそうである。



私は自殺を試み未遂に終わる人たちがすべて本気で死のうとしていないとは思わない。
彼らは本当に絶望していて、生きることは苦痛以外の何物でもなく、死ぬしかないと思っている。
しかし、いざ死のうとすると苦痛と恐怖で思いとどまってしまう。

思いとどまるときに、たと…

グリーン車で横の席に荷物を置く人

私は常磐線で通勤しているのだが、最近朝がつらくて、
グリーン車に乗ることが多い。

私が乗る駅では、グリーン車は窓際はまず埋まっている。

窓際に人がいる隣の通路側の席に座る。


だが、そこにカバンを置いている人が非常に多い。

私はそれがとても頭にくる。というか、その神経が理解できない。


なぜそんなことができるのだろうか?

私は休日にもグリーン車に乗ることがあるが、

ガラガラでもとなりの席に荷物など置いたことはない。

なぜなら、グリーン車は有料だからだ。


距離によるが、550円とか770円とか、ランチが食べられるくらいの料金だ。


まあ、ガラガラであれば、カバンを置いても、私はしないが、まあ許せる。

でも、通勤ラッシュ時で、上野につくころにはほぼ満席になる常磐線のグリーン車で、

隣の席に荷物を置くのは許せない。

その荷物をつかんで放り投げたくなる気持ちを懸命に抑える。


時々、そういう人にむかって、「すいません」と言って席を空けてもらって座る人がいる。

謝るのは荷物を置いている方だろ!


そういうときに、荷物を置いている人が謝るのを見たことがない。

私は、絶対に謝らない。そこまでして座りたくない。


が、そういう人がいると、顔をじっと見る。

そうすると、だいたいどける。



最近わかってきたのだが、この行動は無神経であるとか気が利かないというのではなく、

隣に人を座らせたくないので故意にやっているようだ。


なんという、利己的な行為だろう。私はそういう行為が本当に嫌いだ。


私も、なるべく隣に人がいない席を選ぶ。隣に人が来て欲しくないという気持ちはわかる。

でも、だからって荷物を置いて座らせないようにするなんてことは絶対にできない。

そんなことまでしたくない。


昨日は、隣の席に荷物を置いて寝ている人に、「すいません」と声をかけている人がいたのだが、

寝ている人は2、3度声をかけられても起きなかった。

多分、気づいているのに起きなかったのだろう。



私は振り返って、その人がどんな顔をしているか見た。

年齢は私よりやや上、50歳前後だ。

上着を着ずにワイシャツとスラックスの、ごく普通のサラリーマン風の男性である。


特にバカそうでもズルそうでもダメ人間でもだらしない感じでもない。

でも、そういうごく普通の人間が、このような利己的な行為をするものなのである。

これは静かなる暴力と言ってもいい。


キンタマを掴まれる

この話はツイッターで言いたかったのだが、どうしても「キンタマ」と書く勇気が出なかったのでこっちに書く。

私は猥談が嫌いだ。
猥談なんかしていたのは高校生まで。
わけあって私は一切猥談をしなくなった。
飲み会でもしない。飲み会でそういう話題になると貝になる。

そして、「キンタマを掴まれる」という言葉には性的な意味はない。
それは常識かもしれないがやっぱりキンタマなどという言葉を口にすることははばかられる。
わたしも「キンタマ」などという言葉を思い出したのは久しぶりで、懐かしささえ感じた。

なんで思い出したかというと、夢の中でキンタマを掴まれたからだ。
その夢では、わたしは背後にぴったりと誰かが張り付いているのを感じていた。
それは見えないし、ぴったりではあるがそっとなので気のせいかなと思うくらいだ。
だが、間違いなく張り付いていると確信した。だが、それを自分で払いのけることはなぜかできない。

そこで、近くにいた知り合いと思われる人に、「ちょっとこれはがしてくれない?」と頼んだ。

それを頼んだときに掴まれたのか、その前から掴まれていたのかわからないが、
その背後にはりついていた何者かがわたしのキンタマを掴んでいた。
とても痛かった。その痛みは鋭いものではなく、鈍く、重いものだった。

そして結局背後にいるものがはがされないまま、目が覚めた。
その目が覚める瞬間に、キンタマの痛みもすーっと消えていった。
そして、わたしは「あ、これは自分が作り出している幻覚にすぎないな」ということがわかった。