Qちゃん引退

08/08/23(Sat) 07:37

久しぶりに走った。男子のリレーのメダルに触発されたのではない。むしろ、松井のHRだ。

そして10種競技の1500だ。金メダリストは最下位でゴールしていたが、わたしが高2のスポーツテストで記録した5分という最高記録より遅かった。自分が全盛期ならなんとか参加できそうな種目を見つけたのは初めてだ。

ランニング日誌はグーグルドキュメントで記録することにした。
もう、オフィスを使うのは仕事でだけになるだろう。


08/08/24(Sun) 15:24

筋肉痛で動けない・・・。
走った後、バッティングして、一歩を3x5回くらい殴って、握力と背筋測定したらヘトヘトになってサウナで一眠りした。その後ちょっと遊んで1時過ぎに寝たのだが・・・

そうそう、腰が痛い。わたしは腰痛にはならないタチなのだが・・・
不摂生してるのにいきなり走ったから腰に来たか・・・


08/09/23(Tue) 21:13

心臓に危機を感じて、昨日は酒を控えた。急に涼しいを通り越して寒くなり、トレーナーとジャージを着て、布団をかぶって窓を閉めて寝た。
眠れないのとなんだか咳が出るのでパブロンを飲んで寝た。

一日部屋で過ごして、だんだん晴れてきて、走ってみた。3Kmで折り返したが、なんだか胸が怖いので1kmで止まった。


08/09/29(Mon) 21:33

ゲブラシラシエ?ゲブレシラシエ?が、2時間3分台の世界記録を出した。
1Kmで1秒ずつ短縮しても42秒である。

08/10/28(Tue) 23:50

高橋尚子が引退した。
私はあるハーフマラソンの大会に出たときに、彼女とすれ違ったことがある。
ハーハーハーハーとすごい呼吸をしていて、
すれ違う市民ランナー達に「ガンバレ!!」などと声をかけられていたが
彼女にしてみれば「お前がガンバレよ」といいたかっただろう・・・

シドニーで金を取って、ベルリンで世界記録を塗り替えたまではよかったが、
その後ラドクリフに大幅に記録を塗り替えられた後から、あせりのようなものが生まれ、
小出監督とも別れて、それからは結局いいところがなかった。
小出監督から離れた選手がロクなことにならないというのは、
彼女なら初めての例外になるかなと思ったが、やっぱりダメだった。

でも、私は彼女を、女子マラソンという枠を超えて、男女、アジア、などという枠を超えた、アスリートの一人として、永遠にその名を刻まれていい存在だと評価している。

ガラスの思考法

何か考えるのはそこに何か未知で不可解な対象が存在するからである。その時に私がとる第一のステップは、まずそれらが理解可能になったら到達できると予想できる地点を想定する事だ。そして、それを常に念頭において、ほとんど逆算的にその到達地点への道を築いていく。もしその道がなかなか築けないときには、自分のいる場所から、着実な道だけを選んで進んでみる。ある程度進んで、その道が到達予想地点とは全然違う方向であるなら、到達地点の設定を見直して方向を変える。もしくは、到達をあきらめる。これも大事なことである。物事には常に到達地点があるとは限らない。目前に横たわる雑多な事象の山は、ただのゴミでしかないかもしれない。

何かを否定するのは簡単である。ある仮定が成立しない状況をひとつでもあげれば、その仮定は正しくないことが証明できる。しかし、肯定するのは難しく、ほとんど不可能と言ってもいい。それが仮定であれば、否定しようとすることはほとんど無意味である。船の碇をつなぐ鎖を断ち切るようなものである。仮定はたとえ到達地点でなかろうと、到達地点へたどり着くために欠かせない足がかりである。そもそも、我々が仮定をたてて思考を進めていくのは、到達地点が見えず、もしかしたら到達できないかもしれないからである。

目の前の雑多な事象一つ一つをとりあげ、その内容を吟味していったら我々は樹海に迷い込んだ人のようにその中で息絶えてしまうだろう。我々が認識していくさまざまな事象が、目的地への確かな足がかりであるかどうかは、到達してみないとわからない。確実な足がかり、つまり事実や真実といわれるものだけを伝っていけばよいのなら、考えるということ事態が不要になるし、我々は自分がすでに知っていることしか知ることができない。我々の目的は到達することである。到達できなければどんなに着実な歩みをしても無駄である。そして繰り返すが着実だとわかっている道を歩んで到達できる場所には既視の景色があるだけだ。

だから我々は、そこを進んだらどうなるかわからない危うい道を歩むことも必要である。それは遠回りかもしれないし、途中で行き止まりになるかもしれないが、遠回りでも到達できれば、後で近道を探ればよいし、行き止まりだったら戻って他の道を探せばいい。

ただし、一番着実で大切なのは、その到達地点にたどり着いたことのある人を探すことである。人間、そうそう、未開の地などに踏み入れるものではない。また、誰もそこへ行かないということは行く意味が無いということである。そもそも、人が未知の真理を知ろうとすること自体が不思議ではないか?自分が知らないことをどうして知ろうとするのだろう?

私の思考法はそのように、仮定に仮定を重ねたガラスのようにもろいものであるから、いつもガラガラと崩れてばかりで、ろくな場所に到達したためしがない。普通の人はそういう試行錯誤と仮定の積み重ねは耐え難いようで、私とともに行動したり仕事したり会話したりするとうんざりした表情になる。だが私は、誰にでも否定できない事実を積み重ねてたどり着けるようなものは、私ではない誰かに行ってもらえばよいと思っているのである。

事実と真実

事実と真実。事実より真実が大事。事実と真実は、言葉の使われ方としては違いがわかりにくいが、だいたい、理想はそうだけど事実こうなんだから仕方ない、とか、もしくは、そんなこと言ってるけど事実はこうじゃないか、とか、ネガティブな意味合いがあるように思う。一方、真実という言葉は、うわさや憶測ではなく、本当のこと、という積極的というか、正義感のある使われ方をされる。わたしが言いたいのは、そういう意味で、事実より真実が大事、ということである。言い換えれば、現実より理想が大事、といってもよい。ありのままの姿ではなく、あるべき姿が大事。これが具体的になったのが、唯物論と観念論である。と、私は思っている。もっと言うと、無神論と信仰である。仕事だって同じである。仕事では絵空事や夢のような理想を持たないことが推奨どころか命令さえされる。言われたことだけやっていろ、事実だけ報告しろ、とか。しかし、仕事には理想が絶対に必要である。単なる苦役ではない。

口臭、再び不調

08/10/04(Sat) 08:00

口臭が気になる。「あなた口がくさいですよ」と言われたわけではないが。心当たりはいろいろある。だが、先日、口臭根絶方法を見つけた。たぶん。それは非常に単純なことで、「唾液を常に分泌しておく」ということである。口臭が気になると、口をゆすいだり歯磨きをしたりするが、それはやりすぎると逆効果である。口が臭いんだから唾が臭いと思いがちであるが唾が、唾だけが、口臭を消せるのである。口臭がするひとは大体口が渇いているはずである。それを潤すのに飲み物を使いがちであるが、みずから唾液を分泌させないと根本的に解決できない。皆さんはご存知であろうか、口臭は食事をしたあとには消えることを。それは、食事によって唾液が分泌されるからである。

08/10/05(Sun) 01:38

どうしちまったんだろう・・・最近は週末の体調がよくない。だいたいはうまく眠れないことが原因なのだが、今日はちょっとひどかった。電車の中でリキを飲み、降りて、途中のコンビニでビールを買って飲みながら秋葉原へ。最近は、歩いてもあまり気持ちよくない。ツクモのケースショップへ行く。ほぼ買うことを決めていたantecのSOLOを目の前にしたが、どうも魅力に乏しい。さんざん迷ったあげく、電源つきモデルのSonataを買った。店を出て歩き出したが、なんだか腰が痛い。もう2時くらいだったが食欲もない。とりあえずインドカレー屋へ行こうと思うが、思わずその近くのある場所へ・・・そこを出てビビンパハウスでカルビ麺を食べたら、体調悪化がすさまじいことになり、まだ5時くらいだったがとても遊んでられないくらいにつらくて、家へ帰った。駅から自転車に乗るのをやめてタクシーに乗ろうかと思ったくらい、つらかった。なんとか自転車をこいで家までたどり着き、パブロンを飲んで寝た。目覚めると熱っぽく、軽く咳も出る。食事をなかば無理やり詰め込んで、クロサワ映画を見る。やや回復しかけて、ビールを飲む。寝たばかりなので眠くない。またパブロンを飲む。
先週末に買ったいいちこが、飲む理由がわからないくらい味がなく酔えもしないため、ジャックダニエルを買ったが、うまくなく、気持ちよく酔えもしない。なんだかんだで、今はスーパードライが一番うまい。

外国語を理解するために必要なこと

久しぶりの海外出張に行って感じたのは、翻訳ツールの充実ぶりである。 誰もがもっているスマートフォンでは無料で使用できる翻訳アプリが使える。 パソコンではgoogle翻訳をはじめとして、これも無料で使える翻訳サイトがたくさんあり、翻訳の精度もずいぶん向上した。 アプリ等...