なぜ大仏を建てたのか

大仏の脇にあった「国宝鎌倉大佛因由」を書き写してみる。


この大仏像は阿弥陀仏である。源頼朝の侍女であったといわれる

稲多野局が発起し、僧浄光が勧進(資金集め)して造った。零細な

民間の金銭を集積して成ったもので、国家や王侯が資金をだして

作ったものではない。初めは木造で暦仁元年(1238)に着工し

六年間で完成したが、宝治元年(1247)大風で倒れたので、再び資金を

集め、建長四年(1252)に至って現在の青銅の像を鋳造し、大仏殿を

造って安置した。原型作者は不明であるが、鋳工として大野五郎右ェ門や

丹治久友の名が伝えられる。大仏殿は建武元年(1334)と慶安二年(1369)

とに大風に倒れ、その都度復興したが、明応七年(1498)の海潮に

流失以来は復興せず、露像として知られるに至った。大正十二年(1923)の大震災

には台座が崩れ、仏像は前に傾いたが倒れなかった。大正十四年(1925)台座を補

う(?)修理では、前傾しても頭部を支える頸部の力を、強化プラスチックで

補強し、大正修理でなされた耐震構造を改め、大地震の際は、台座

と佛(?)体が離れる免震構造が施された。この強化プラスチックの利用

と台座の免震構造は、日本の文化財としては最初のものである。



実朝が死んだのが1219年。

それから20年くらいたったときに建てられたということになる。


鎌倉時代といえば新仏教が生まれた時代である。

阿弥陀仏というのは浄土宗、浄土真宗の信仰対象である。


私は最近父がなくなって浄土真宗の流儀で墓を建てたので

阿弥陀仏には親近感というか思い入れのようなものがあり、

鎌倉大仏が阿弥陀仏だというのを知ったときはちょっと驚いた。


鎌倉、室町、安土桃山、そして江戸時代。


明治、大正、昭和というのは便宜上元号で時代を分けているが、

明治維新から第二次大戦敗戦までで一時代ではないだろうか。


そして、そこまでで実質日本という国の歴史は終わったと思えてならない・・・。


最近、というか平成になったばかりのころ、

バブルがはじけたころ、「今は江戸末期と似た状況にある」

なんてことがよく言われていたが、


鎌倉時代にも似ているのでは・・・?

新興宗教、末法思想、大地震、外国からの脅威・・・



2018年年末の体調

尿検査でクラミジアと淋病は陰性 のどの検査も陰性 血液検査で梅毒は陰性 結局何にも感染していなかった。 医者は、前立腺炎ではないかという。 その場合抗生物質を長めに飲む必要があるということで、 さらに1週間分飲んだ。 尿道の軽い痛みはほとんどなくなったが、 ま...