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2009年11月26日木曜日

私が持つ負のオーラ


最近私の周囲に、メンタルではない、病気の人が何人か出た。

なんか、メンタルな病気は本当の病気じゃない、みたいな認識は、私だけでなく、多くの人にあるだろう。眠れないとか、起きれないとか、外に出れないとか、何もやる気がないというのはただの怠けだといわれてしまうが、熱が39度あるとか、骨が折れたとか、潰瘍ができたとか、言われると、「本当の病気だ」と恐れ入ってしまうような意識が。メンタルの病気というのは、確かにある。それは脳が傷つくとか、なんかの物質が足りなくなるとかではなくて、心の不調が体に影響を及ぼすという、医学には手の負えない厄介なものだ。医者はそれをパキシルだのドグマチールだのなんだので治そうとするようであるが、心の不調がもたらした肉体の状態、何かの欠乏・不足を、薬で補うのは、底に穴があいたバケツに水をそそぐようなものであり穴をふさがない限り完治することはない。

私の話はメンタルの病気ではない。肉体に現れた、「誰もが認める」病気のことである。私は、その何人かの病人達の発生の原因が私にあるような気がしてならない。私は、負のオーラを持っている。私は、自分がかかわる人、団体、店、チーム、会社などを滅ぼす負のパワーを持っている。これは、呪いのようなものである。私は、極端な言い方をすれば、「みんなが不幸になってしまえばいい」と常に願っている。不幸な人を見ると、心が安らぐ。それだけだとイヤな奴だが、私がただのイヤな奴でないのは、それに自分も含まれることである。自分も、つらく不遇な目にあって、寝不足だったりカネがなくてロクなものが食えなかったり仕事がうまくいかなくてどうにもならずヤケ酒を飲んでくだらないテレビを見たりして日々を空費することを喜んでいるフシがある。

それはきっとロクな成功体験がないことと、あまり楽しくない日々をすごしてきたために、幸福に対する期待など持たないほうが喪失感を味わわずに済むという防衛本能から来るのだろう。期待してそのとおりにならないと、がっかりするが、期待していなかったことが起こればうれしい。実現する事態をどうにもできないとなれば、その期待を持たないようにすることしかできない。

まあ、どうしてそうなったかはさておき、私が発する呪いのパワーが周囲に及んで人々が不健康に、不幸になっている。これをいかにせん。