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12月, 2009の投稿を表示しています

できる!ムーンウォーク

ウンコを踏んだと思ってください。そうしたら、クツを地面にこすり付けてとろうとしますよね?その動きが基本です。大切なことは、体の前から後ろへ向かってクツをすべらせることです。そうすると、ウンコを踏んだ足は、ひざがのびたまま後ろへ滑っているはずです。

その時、踏んでない方の足は固定されているでしょう。その固定されている足のヒザを曲げてください。すると、片足はヒザが伸びたまま後ろへ移動し、もう一方の足はヒザを曲げたまま一箇所にとどまる。

これは、人間が歩くときの動作とまったく逆になります。

両足をそろえて立った状態から、片足を踏み出してみてください。踏み出した瞬間はヒザが曲がっていますね?そして着地するときには伸びていて、今度はもう一方の足のヒザが曲がっているはずです。

それをひっくり返すわけです。

片足のヒザを伸ばしたまま後ろにすべらせる。もう一方の足は位置は固定したまま、ヒザを曲げる。

これを交互に繰り返せば、ムーンウォークです。

断酒

以下の文章は今年の夏に3ヶ月くらい断酒したときに書いたものである。

酒は・・・やめるのは大変。
前回やめたのはおととしの4月、約1ヶ月だった。
その後は、飲みすぎた後に1・2日やめることはあっても、
ある程度の禁酒はしてない。
毎日飲み続けていたということだ。
ビールやチューハイなので、そんなに酷い依存というわけでもないと思う。
テレビを見て笑ったり音楽を聴いて歌ったりというご機嫌な酒だ。
ただし時々鬼のような形相になって昔の嫌なことを思い出して
どうにもならなくなることが、最近も、ちょくちょくある。
そういう状態は本当に嫌だ。
自分にもなんのメリットもないし。
しかし、そういう状態から抜け出すために必要なのは、叱咤激励でもなければ、
軽蔑でもなければ、医学的な説明でもない。今までも何度かあったのだが、今回もそうである。
あまり言いたくないが、スピリチュアルなお話である。
酒に限らない。
人をののしったり反社会的な行為をしないこと、
人を愛すること、贅沢や浪費をしないこと、あくどい金儲けをしないこと、
それらの根拠となるものは、リリジャスなものでしかないのだ。
私は、物心ついたときから今まで、リリジャスなものに包まれている自覚があった。
それはみんなそうだと思っていたが、どうやら違うようである。
そして私は時々それを不快に感じたり、そのせいで自分の可能性が閉ざされているような気がして、抜け出してみようとしたが、結局はそこへ戻ってきた。
リリジャスなものは私を守ってくれる。心を落ち着かせ、冷静にさせ、怒りなどまったくわいてこず、むしろ悲しくなるくらいである。
金儲けもできないし肉体的な力もないし快感もない。
しかし心は澄んだ湖のようになれる。
ただし今回の断酒の動機には少し不純なところがある。
酒を飲むと安らかに死ねない、という話を聞いて、やめたのだ。
説明すると長くなるし誰の話かわかってしまうので言わないが、
寝酒はかえって睡眠の質を低下させるというのと同じようなことである。
眠るということは、本当に死と似ている。
起きているときによく動いて、食べて、全力で生きた日は、よく眠れる。
めざめも良い。めざめがよければまたその日も全力で生きられて、
よく眠れる。眠りにつく瞬間も気持ちが良い。
だらだら生きたり、やましいことがあれば眠れない。余計なことを考えて
おかしな夢をみたりうなされたりする。
私は毎日酒を飲んでいるが、それをいいことだ…

49番

これは一時期タバコを吸っていたときの話。
仕事が遅くなったので、普段行かないファミレスへ行ったら、絵に描いたような慇懃無礼な店員がいた。
言葉遣いは決しておかしくないのだが基本的に無表情で早口である。タバコを吸うといったら「あちらの2列の席へどうぞ」と言う。
2列の席へどうぞ?手で示した方には4人がけの席が二つあいていた。
この2つの席のどちらかに座れということか。
一番端の席にしようとしたらそこはトイレのすぐ脇だった。
私は飲食店へ行くと狙ったかのようにトイレ脇の席に座ることが多い。
トイレ脇はアレか、でもいいや、と座ろうとすると、席に前の客が使った灰皿とコップが残っている。なんだよこんな席すすめんなよと思って隣の席にすわる。
注文するとビールはすぐに来たが食べ物がなかなか来ない。
どうせ冷凍かなんかをチンしてるだけなんだろうに遅ぇなァと思っていると
ようやく持ってきた。
すると、店員が「そちらのメニューを閉じていただけますか」とやはり無表情に早口で言った。
テーブルの上に大きく広げてあった「おすすめメニュー」などと書かれたものの事である。
それは決して私が広げたのではなく最初からそういう風においてあったのである。
まるでテーブルクロスのように。
てめぇで閉じろよと思ったがしぶしぶ閉じた。
わたしはみるみるうちに不快になっていき、
顔が般若風に変貌していくのがわかった。
近くに大学生と思われる4人が、甲高いネチネチした声で
内容は全く覚えていないがとにかく不快な話をしていた。
疲れと酔いでイライラがつのってきて、やがて私は「キメーんだよおまえら」と声にだしてつぶやき始めた。
何度も何度も。
隣の席のカップルが席を立った。
俺のつぶやきが気持ち悪かったのかもしれない。大学生達は少し離れているのでさすがに聞こえないだろう。
相変わらず気持ち悪い話をしている。
私の飲食店での滞在時間は非常に短い。
食事が全部なくなったらすぐ席を立つ。レジに行くと誰もいない。
座席においてあるのと同じ呼び出しボタンを押す。
さっきの店員が出て来て慇懃無礼に会計をすませた。
すっかり機嫌を悪くして店を出ると、その前にあるセブンイレブンで、タバコを買う。
最近は銘柄がバカみたいに多様化してライトだのメンソールだのスーパーライトだのいろいろあり、
番号を指定して買っているのは知っていたが、
自分はかっこよく「マルボロ」とぼそっと、「ライトだのメンソールだ…

小股の切れ上がった

「女が初めて芸者に出るとするな。せいぜい芸者らしく歩こうとして、歩くときには内輪に足を踏み出し、大股にならぬように歩く。そういうときには、やはり、わざとらしさがつき纏う。芸者としての修行が積んでくると、歩き方を意識しないでも、自然に足がうまい具合に出て、女らしくそのくせ垢抜けしたきりりとした感じに歩けるようになる。それを、小股が切れ上がる、と言うわけだ。つまり、切れ上がるとは、卒業するというような意味だな」 (吉行淳之介「技巧的生活」)

コマタについてある人と話をしたことがある。その人は足が長いという意味だと言っていたのだが、私は高岡説を紹介してそうではないんだと説明した。高岡英夫はジンブレイドのことだと言っていた。

上記の引用はあるサイトの孫引きであるが、これを引用した人は吉行説を否定している。「卒業するなら、きりあがるというべきでは」というのである。そして結局はっきりと結論を出さないまま終わっている。

私は吉行説を読んで腑に落ちて、さすが、とつぶやいたくらいに納得している。こまたが切れ上がるとは、特定の部位の状況を言っているのではなく、足さばきの事を言っているのである。その点は吉行と高岡は一致している。ジンブレイドとは身体意識であって体の部位や機関の名前ではないからである。

「コマタとはどこか」と考えている時点ではずしているわけである。「胸を貸す」とか、「手が早い」とか「足しげく通う」とか「クビを長くして待つ」とかいう類の言い回しである。「小腹がすいた」「小首をかしげる」と同様である。

私が朝仕事に行く時に、後姿が非常に美しい人がいる。しかし、いったいどうしてそんなに美しいのかがわからない。単に背が高いとかスタイルがいいとかいうのではない。むしろ小柄で貧弱といっていいくらいの体型だ。しかし私はこの人の後姿が見たいがために毎朝乗る電車の時間と乗車位置を変えたくらいである。一歩間違うとストーカーになってしまう。

がん

私の父はがんで亡くなった。父は6人兄弟のうち2番目に若い。普段あまり親戚づきあいはないのだが、葬儀などで親戚が何度か集まった。父の兄弟姉妹でがんになった人はいないが、母の兄ががんになっている。そして、最近妹にがんが見つかった。手術はしたがさいわい初期で、予後も良好なようだ。「がん家系」という言葉を聞いたことがある。私は父ががんになっていろいろと調べたのだが、統計的にがん患者の多い家系というのはあっても、「がんが遺伝する」ということには医学的な根拠はないようだ。おそらく、家族は食事を初めとする生活習慣が似るせいだろう。

わたしの父は濃い味が好きだった。醤油やソースをドバドバかけるタイプだった。若い頃、パンにマヨネーズをぶりぶりとかけ、そこに砂糖をドバっとかけて食べていた。それは幼いわたしも大好きな食べ物だった。今ではそんなもの見るのもゴメンだが・・・

わたしは食べ物の嗜好や食べ方がちょっとヘンで、おかずを一品だけずっと食べたり、逆におかずをまったく食べずごはんだけを食べたりしていた。また、固い肉などはいつまでもかみ続けていた。食卓で私の隣にいた父はそんな私をみて「ごはんばっかりたべないでオカズを食べな」と言い肉をかんでいるとイヤな顔をして「もう出せ」と言うが、わたしは食べ物を吐き出すのがイヤなのであわててゴクンと飲み込んだ。夕食にサンマが出ると、「サンマっていくらなんだ?」と必ずと言っていいほど聞いた。「いくらだ?」というのは晩年には毎晩のように言っていて、私は少しイライラした。

酒、たばこもやっていた。酒は泥酔するようなことはないが毎日飲んでいた。コーヒーも大好きだった。たばこはずっと吸っていたが、がんが見つかる直前に禁煙した。やはり、体調があまりよくないのを感じていたのだろうか。

ゴルフが大好きだったが、腰が痛くなってできなくなり、最後のほうは歩くのにも差し支えるほどになった。接骨院でみても結局原因がわからず、がんで手術をしたらなおったので、がんの痛みが腰痛となってあらわれていたようだ。

父がどうしてがんになったのかということは家族がみな考えたが、一番父を知っている母は「やっぱりストレスよ」と言っていた。食事や嗜好品も、そのストレスから刺激の強いものを求めたのだろう。
父は非常に神経質で、繊細であった。母もそうだ。それは私にも言える。親戚が集まったときにも、『繊細な人たちだ…

忠霊塔とは

何かを調べるというのは最近は「googleで検索する」、それもほとんどの場合「wikipediaを読む」ということになっている。
忠霊塔についてのwikipediaの記述を読んでみたが、いまいちピンとこない。
が、一部 ハッとさせられる記述があった。
> 塔の建立にあたっての資金は国や自治体の支援もあったが、 > その市町村の国民は「一日戦死」運動と呼び、 > 1日分の収入が無かったつもりで1日分の給与の額を拠出している
まさに最近の私の発想である。 でも、「一日分の給与を拠出」っていったら、ものすごい額が集まる。 日本人は、実際にそういうことを数十年前にやっていたのである。
いいことかどうかは、別として。

御殿場線

浅間公園からはたしかに富士がよく見えたがそれよりも御殿場線の車内からみた富士のほうが美しかった。神々しいとさえいえる。
乗り合わせた人も思わず声を出していて私も「きれいですねぇ」とあいづちを打った。

ちょっと富士を見たいなら御殿場線に乗ればいい。

忠霊塔

「新倉山浅間公園(あらくらやませんげんこうえん)」は今朝新聞に載っていたのだが、タクシー運転手も知らず、付近で降ろしてもらってコンビニで聞いても店員さんも知らず、「チューレイトウのことかな?」などと言っていた。
とにかく歩いても遠いというので、もう一度タクシーを拾って「あらくらやませんげんこうえんまで」と言ったがその運転手も知らず、無線で問い合わせた結果やはり地元では「チューレイトウ」で通っているようだった。
「忠霊塔」とはなんなのだろうか?慰霊碑のようなものなのだろうが、なんの慰霊碑だろうか?

明治天皇の像があった。

なんなんでしょうね、忠霊塔って。あとで調べてみます。

新倉山浅間公園

たどりつくのに苦労した。




帰るのにも苦労した。