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2009年12月19日土曜日

がん


私の父はがんで亡くなった。父は6人兄弟のうち2番目に若い。普段あまり親戚づきあいはないのだが、葬儀などで親戚が何度か集まった。父の兄弟姉妹でがんになった人はいないが、母の兄ががんになっている。そして、最近妹にがんが見つかった。手術はしたがさいわい初期で、予後も良好なようだ。「がん家系」という言葉を聞いたことがある。私は父ががんになっていろいろと調べたのだが、統計的にがん患者の多い家系というのはあっても、「がんが遺伝する」ということには医学的な根拠はないようだ。おそらく、家族は食事を初めとする生活習慣が似るせいだろう。

わたしの父は濃い味が好きだった。醤油やソースをドバドバかけるタイプだった。若い頃、パンにマヨネーズをぶりぶりとかけ、そこに砂糖をドバっとかけて食べていた。それは幼いわたしも大好きな食べ物だった。今ではそんなもの見るのもゴメンだが・・・

わたしは食べ物の嗜好や食べ方がちょっとヘンで、おかずを一品だけずっと食べたり、逆におかずをまったく食べずごはんだけを食べたりしていた。また、固い肉などはいつまでもかみ続けていた。食卓で私の隣にいた父はそんな私をみて「ごはんばっかりたべないでオカズを食べな」と言い肉をかんでいるとイヤな顔をして「もう出せ」と言うが、わたしは食べ物を吐き出すのがイヤなのであわててゴクンと飲み込んだ。夕食にサンマが出ると、「サンマっていくらなんだ?」と必ずと言っていいほど聞いた。「いくらだ?」というのは晩年には毎晩のように言っていて、私は少しイライラした。

酒、たばこもやっていた。酒は泥酔するようなことはないが毎日飲んでいた。コーヒーも大好きだった。たばこはずっと吸っていたが、がんが見つかる直前に禁煙した。やはり、体調があまりよくないのを感じていたのだろうか。

ゴルフが大好きだったが、腰が痛くなってできなくなり、最後のほうは歩くのにも差し支えるほどになった。接骨院でみても結局原因がわからず、がんで手術をしたらなおったので、がんの痛みが腰痛となってあらわれていたようだ。

父がどうしてがんになったのかということは家族がみな考えたが、一番父を知っている母は「やっぱりストレスよ」と言っていた。食事や嗜好品も、そのストレスから刺激の強いものを求めたのだろう。
父は非常に神経質で、繊細であった。母もそうだ。それは私にも言える。親戚が集まったときにも、『繊細な人たちだなあ』と感じた。そういう家系なのだろう。いちど一人暮らしをして数年たって実家に戻ったときに、家族の繊細さ、神経質さがよくわかった。それはよく作用すれば我慢強く気配りができやさしい性格となってあらわれるが、ストレスを感じやすくまたそれを発散するのが苦手ということでもある。

妹はたばこは吸わないが酒はよく飲む。家族で一番の酒豪かもしれない。今は離れているのでわからないが酒は控えているのだろうか・・・彼女も仕事が非常に多忙なようで、毎日夜中に帰ってきていた。

最近思うのが、「人に気を使わせないのも長所の一つだ」ということである。
ちょっと失礼で無神経くらいなほうが、触ったら壊れてしまいそうな性格よりはマシなのではないかと。