スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

4月, 2010の投稿を表示しています

メンタルステゴザウルス

部屋で足をぶつけたり、蛇口から出る熱い湯に触れたとき、あ、やったと思ってから痛みや熱さを感じるまで、時間がかかるようになった。酔っているのと、加齢のせいだろうか。先ほども昼食の支度をしているときに、もはや用無しとなったMDCDカセットプレイヤーに右足くるぶしをぶつけたが、痛みを感じたのはそこから1m離れた小さな台所に着いてからだった。そして痛みがおさまった刹那、自分の過去に経験した恥辱や屈辱がブワっとよみがえってきて、それを追い払うように「死ね!」と何度もつぶやいた。

台所やトイレに来ると、そういうことがよくある。そのときにつぶやくのは「死ね」だったり「死にたい」だったり「うるせえ」だったりする。「クソ野郎」「バカ野郎」のときもある。それは、屈辱を与えた相手に言うのではなく、自分に対して言っているのである。思い出している事は、もう数年も前のことばかりだ。当時は黙って、笑って見過ごしていたことである。それが、後になって甦ってきて、私を責め苛む。しかしもう遅い。「あの時のあの発言はどういうことだ?」と言うこともできない。すでに今では電話もしない関係だ。

台所の換気扇から、外の音が聞こえる。
なぜか、バイクの排気音がよく耳に入る。
音が高いからだろうか・・・。

死んだ父も、退職する間際の頃には、風呂場や便所で「クソッ」「この野郎」などと独り言を言っていた。母が何を怒っているのかと聞いたことがあって、父はやはり自分に対して怒っているのだ、と言っていたそうだ。

私ももし人に聞かれたら、自分に対して怒っている、と答えるだろう。実際、そうなのである。怒っているのは、そんな侮辱をうけるようなナメられた自分に対してである。そういうときに、相手に侮辱するなと怒るほど情けないことはない。そしてそれを後になって恨んだりするほど惨めなこともない。だから、そのような時に自分に対して鞭打つのが精一杯の対応である。

そして、すがれるたった一つの救いは、相手にはそのような思いをさせなかった、ということである。もしかしたら、自分も誰かに同じような思いをさせているかもしれない。相手を恨めないのは、それもある。

無意味の象徴

ピラミッドは、人間の仕事を象徴する建造物だ。

非常に精巧で多大な労力を費やした壮大な仕事の産物であるが、
今は廃墟である。

観光名所となっていくばくかの利益をエジプトにもたらしているのだろうが、
それはピラミッドが有益な建造物だからではなく、こんなに壮大で精巧な無意味が存在していることに対しての人々の驚きによるものである。

私は人々が生きていくためにしている「仕事」というものが、
ほとんどピラミッドのようなものに思えてならない。

それによって生活し、生きがいを得て、満足する人もいるのではあろうが、
やはりその結果完成するものが無意味なものであることは虚しいことだ。

民主主義にリーダーシップはいらない

民主主義とは、リーダーの存在を許さない制度である。

リーダーが暴走するのを抑止するための制度が民主主義である。

民主主義で選ばれた議員、そしてその議員達によって選ばれた総理大臣なり大統領という役職は、
あくまでも国民の代表であって、専制君主ではない。

神から王権を授けられた存在ではない。
そして民主主義とは、たとえ神から王権を授けられた者が存在しようと、
それを否定する制度である。

もっというと、神など存在せず、人間に優劣はなく、どんなボンクラにも政治に口をだす資格がある、
という信念に基づく制度である。

民主主義国家の総理大臣が、リーダーシップなどを発揮してはならないのである。
国民の多数派の意見を採用して粛々と事務的に政務をおこなうべきなのである。

あんまりいじめるんじゃない。
過剰な期待をするんじゃない。

かわいそうだろ。

安重根と伊藤博文

NHKでやっていた番組を見た。
安重根は韓国では英雄である、というのは聞いたことがあった。
私は日本が韓国を併合したのだから、暗殺ぐらいのことはあっても当然だ、と思っていた。

この番組では、「どちらも悪くない」ようなとらえ方をしていた。
伊藤博文も韓国統治に関しては穏健派で、韓国人を大臣にするなどの意見を持っていた。
安重根も、欧米の思想にアジアが染まることに危機感を感じていて、その点では日本は味方のはずだった。

私がこの番組を見ていて感じたことは、歴史というものはひとりの人間によって動くようなものではない、ということだ。

伊藤博文も、安重根も、その時代におかれた自分の境遇に必死に対応したにすぎない。

「安重根が伊藤博文を射殺した」

という事実(陰謀説などもあるらしいが)だけを取り出すと、わかりやすいが、
それはあくまでも二人の人間が遭遇したひとつの事実にすぎない。

安が正しいとか間違っていたとか、伊藤はいい人だったのに殺されてかわいそうだとか、
人間ひとりひとりについて評価するのは無意味だ。

最近の竜馬ブームもそうだし、「歴史上の人物」が世界を変えたというような考え方はどうなのだろうかと、ずっと疑問に思っていた。

「歴史上の人物」というなら、名も無き百姓とか下っ端役人とか、今で言う専業主婦のような女とか、そんなひとだって全員「歴史上の人物」である。

あたかも、将軍だの総理大臣だの総督だの皇帝だのの一言が世界を動かしていたような考え方は、到底受け入れられない。


現在、オバマ、鳩山、金正日などが世界を動かしていると言う人はいないだろう。
彼らも与えられた任務を必死にこなしているだけだ。

そして、何の責任もない一般の人々は、彼らの言動を笑って馬鹿にして生きている。
今われわれが尊敬している「歴史上の人物」だって、そういう人たちと同じだったはずだ。

ひとり床屋談義

2ヶ月ぶりくらいに床屋へ行った。普段は最近増えた、1000円とか1800円とかの安い床屋で適当にお任せで切っている。土曜の11時ごろ、一度行ったことのある1800円の床屋へ行ったら、二人待っている人がいたので、すぐに引き返した。もうひとつ安いところがあるのだが、そこは駅の近くでいつも混んでいるので無理だろうなと思いつつも見に行ったら案の定、5人くらい待っていた。仕方ないなと、4000円くらいの、昔ながらの床屋さんへ行くことにした。そこは一度行ったことがあるのだが、もう行きたくないと思っていた床屋だ。

客はひとりもいず、私が入ると座ってテレビを見ていた親子の理容師がびっくりしたように立ち上がって親の理容師が私の髪を切った。持っていたカバンや上着を待合用の椅子の上に置く。かけましょうかの一言もない。お父さんは、仕事は丁寧なのだが時間がかかる。普段行っている床屋の雑だが速い仕事に慣れていたので、イライラする。

私の後にもうひとり客が来た。常連のようだ。若旦那が担当する。1時間くらいして、ようやく頭を洗う。その後、当然のようにBRAVASを振りかけようとしたのであわてて断った。頭を洗った後、顔そりをした。これも久しぶりだ。最近は床屋では顔やヒゲを剃ることも断っているからだ。お父さんの手が震えている。怖い。ただ、震えているのは顔をおさえる左手のほうで、かみそりを持ったほうはかろうじて震えていない。70歳くらいかな?最後、ドライヤーで整髪する。これも丁寧だが遅い。私は髪の毛なんかずっと前から「無造作スタイル」なので無駄なことなのに・・・

私の後に来た客が先に帰った。髪を切られながら、こういう床屋も少なくなったなと思いつつ、この業界もそこそこのサービスで低価格が主流になっていくのだと感じた。

TV番組が音だけ聞こえる。恐竜に関係するイベントに関するもので、アナウンサーが説明するVTRがメインで、そこに若い女性の驚いたり笑ったりする声がかぶされ、合間にお笑い芸人たちがちょっとしたコメントを入れる。いかにもつまらなそうな番組である。最近よくきく、「テレビが終わりつつある」というのは、こういう番組のことを言うのだろう。テレビというものは、「お茶の間」という言葉があるように、家族で食事時などに見るものだった。番組の中身はそれほど真剣に吟味することはなく、「ヒマだからテレビでも見る」と…

不整脈?

Sun Apr 4 01:46:01 2010

最近、心臓がおかしい。「ぷるぷるしている」というのが一番しっくりくるのだが、一般的にいうなら動悸がする、もしくは不整脈だろうか。酒の飲みすぎだと思う。酔っ払って寝て、夜中に起きたら心臓がトクトクトクトク・・・とすごい勢いで鼓動していることがよくある。多分、目覚めなくて気付かないだけで、飲んだときはいつもそうなのだろう。
Mon Apr 12 03:01:36 2010
例の症状が起きた。酒を飲んで、9時ごろ寝てしまう。11時ごろいったん目覚めるが、トイレにいってまた寝る。しばらくたって、目が覚める。しかし寝たまま。目も閉じたまま。部屋の床にしみついた自分の足の匂いを感じる。月曜日。定例のミーティングのことを思うと嫌になる。そんな感じで寝るでも起きるでもなく横になっていたら、みぞおち、ムネのど真ん中よりやや下が痛む。キリキリというのではないが、鈍痛というほど鈍くもない。痛みは左右の奥歯のほうにも現れる。そして最近よくある、心臓がプルルンとなるような感じも出て、咳き込んだりする。数分でおさまった。だんだん症状が激しくなっている。まず酒を控えないと。