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2010年8月1日日曜日

登山論


私は去年、丹沢で何度か登山をした。最近は中高年を中心に登山がブームだという。私も去年何度か丹沢へ行って、登山客の多さに驚いた。ブームにともなって事故も増えている。登山で事故があるたびによく言われるのが「軽装だった」ということである。「山をなめてはいけない」と。

それはもちろんそうなのだが、私は、登山についてひとこと言いたい。登山は、どんなに重装備をしようが、訓練を積んで万全を期そうが、登山者の趣味なのである、と。何かを山に建設するなどの場合は趣味ではないが、そうだとしても、それは人間が自分達の生活範囲を広げる行為にすぎない。それが自分のためでなく仕事であっても、対自然ということを考えたら、人間の利己的な行為である。

そして、登山は危険な行為でもある。困難で危険だから、無事に登頂し下山したときに喜びがある。丹沢はそんなに険しくも高くもないが、それでもここで足を滑らせたら、ここであの石が崩れてきたら、この道が崩落したら・・・・とぞっとすることは何度もあった。

さらに、登山は多少なりとも自然を破壊する。樹木の立ち枯れ、鹿やヒルの増えすぎなど、丹沢にも環境問題があるが登山者の増加は間違いなくその原因のひとつである。私は登山をしながら、自分は山に登ってさえもいろいろな「迷惑」がかかるのだということを思い知った。人間が生きていくには、殺生もするし、社会にも迷惑をかけることがあるだろう。電気を使ったり、自動車を使うことで自然破壊の一端も担っている。

登山は健康で自然に親しむ行為だと思いきや、そこでもまだ迷惑がかかることは避けられない。わたしはすがすがしさや達成感を感じながらも、どうしても心の底から登山ってすばらしいな、と思うことはできなかった。

沖縄の海へ行ったときも同様のことを感じた。人間が趣味でするダイビングやシュノーケリング、海水浴によって珊瑚が痛み、死滅している。人間が海に入ることで自然が破壊される。それも、生きていくために仕方なくではなくて、趣味のために、酔狂のために、それが起こっているのだ。

わたしが「アウトドア」というものをあまり好きでなかったのにはそういう理由もあった。それは、自分が参加していないときには実感がなかったが、参加してみると、山に登り海に潜ってみると、よく実感した。

登山や海水浴をやめろとは言わないが、それが自分達の道楽であり、道楽により自分を危険にさらし、人に迷惑をかけ、自然を破壊することを自覚して欲しい。そしてそれを「みんなやってるんだから仕方がないでしょう」と開き直るのをやめて欲しい。ある行為が悪であるなら、同じ行為を100人やっていようが1万人やっていようが、悪であることには変わりない。

・・・などと言って、部屋にこもって本を読んでブツブツ言ったり何か書き付けているのも、不健康でよくないことではある。しかし今年の夏は、そういう夏になりそうだ。これも、精神的な道楽である。罪深いことである。