254

ある夜、あるコンビニでのできごと。

わたしはシルクエビスを掴んで、レジへ持って行き、ゴトリと置いた。

レジにはめがねをかけた若い男がいた。

彼のことは何度か見たことがあるが、いつも過剰に緊張している。


彼はシルクエビスの白い缶にバーコードリーダーをあてたが、なぜか金額が表示されなかった。

彼があたふたしていると、もう一人の店員がシルクエビスの値段を見に行った。

私はそれが254円であることを知っていたから、「254円だよ、254、ニーゴーヨン」と教えてやったが、
客の言い値で売るほど彼もバカではない。
わたしもそれはわかっていたからニヤニヤして待っていた。


そしてもう一人の店員が帰ってきて、「254円。ニーゴーヨン!」と言った。

彼は手でレジに商品の金額を入力し、私に254円を払うように求めた。

私は1000円札を置いて待った。

彼はその紙幣を受け取ると、「254円のお返しです」と、
私に2枚の100円玉と一枚の50円玉と4枚の1円玉を渡した。

私はそれを受け取って、あれ、なんか少ないなと思っていたら、彼は「すいません、間違えました」とかなんとかいって、
746円を渡してくれた。


ガキの遣い

私は今年で42歳。私が社会人になったのは、平成2年。最初は契約社員で、1年たった平成3年2月1日に正社員になった。
「3,2,1」なのでよく覚えている。つまりちょうど20年たったわけである。

今いっしょに仕事をしている若者について、悩んでいるというか悩まされているというか、とにかく困っている。
年齢は25かな、社会人になって3年目か4年目かの、女性である。彼女が、まったく自分の期待するように仕事をしてくれないのだ。

彼女は同じ会社の社員ではないので、私は上司でも先輩でもない。しかし、同じ職場で同じチームで仕事をするのだから、どうしても年長で経験もあるわたしが指導をするような立場になる。彼女は誰のいうことでも、私を含めて、ハイハイと素直にきくのだが、まったく応用がきかないというか、仕事の目的、その結果の意味などを全然考えず、「ガキの遣い」のような仕事の仕方しかできない。

私は100回くらい『言われたことだけやってないで自分で考えて行動しろ』といいかけたのだが(もしかしたら何度か言ってしまっているかもしれない)、それだけは言ったら負けだと思っている。
私が彼女と同じ年のころ、入社したてから数年経つまで、同じようなことを言われたのだがそのたびに『自分がやりたいことやって稼げるなら最初から会社員なんかならないで一人で仕事してるよ、俺は組織の一員なんだしあんたらはその管理職で高い給料もらってるんだから若手に指示するのが仕事だろ』と思っていた。それは正しいと今でも思っている。
また、やはり自分が若い頃、上司や先輩に質問やアドバイスをもとめると「・・・・じゃない?」「・・・・かもね」「・・・してみようか」などと言われて、『もっとはっきりこうしろといって欲しい』と思ったことがよくあった。
そういう言い方をするのは、責任回避というよりも、若手が自分で考えて自分で責任を持って仕事をして欲しいという気持ちからでる言い方なのだとういことは、つい最近わかってきたことだ。

多分、私はそういう気持ちをたくさん味わってきたために、断定的にあーせいこーせいと言いがちなところがある。
仕事というのは客にサービスして対価を得るためにするのであって若手を育てるのはその目的のためでしかなく、育てること自体が目的ではないから、仕事が滞るようなら若手のためにならなくても答えを教えて有無を言わさずにやらせる、というような人の使い方をする。

その結果、今悩まされているような若手を作ってしまったということがあるのだろう。

しかし、自分にも責任の一端はあるとはいえ、使い物にならない働き手であることは明白である。そこでわたしは、少なくとも彼女が、自分は今のままではいけないのだと気づいてもらえるように、とても厳しく、冷たい扱いをするようにした。

「人はほめられて伸びる」などと言うが、それは本気でほめる場合だけだ。人を育てるためにほめるような人がいる。もしくは、自分が嫌われたくないがために、相手を思ってではなく、自分のために相手をほめる人がいる。というか、そんなひとばかりだ。そんな動機でほめても人は伸びない。つけあがるだけだ。彼女はそういうインチキなほめられかたをされ続けて育ってきたことがうかがえる。日常的なことが何もできない。ちょっとした片づけとか、食事の所作とかを見ていても、『この子は家に召使でも雇ってなんでもやらせているのか?』と思うことがしばしばある。

最近はもう、彼女は今の仕事に向かないどころか、社会人としてやっていくのも無理なんじゃないかと思っている。主婦もつとまらない。実家に帰って家事手伝いでもしたほうがいいのではないかと。このままでは彼女にとっても、彼女がいる職場の人にとっても、よくない。


だが、その冷遇作戦はまったく効果をあげない。彼女は言えば言うほど、冷たく扱えば扱うほどいっそう萎縮していわれたことしかやらないどころか、言われたことすらまともにできなくなる。彼女は自分で考えたり、何かを改善したり、克服したりすることが嫌いなようだ。ただ淡々と、何かを受け取ってシールを貼って次の人に渡すようなことを、延々と続けていきたいだけのようだ。まあ、あんな会社に就職する人というのはそうなんだろうな。

ちなみに私は正社員時代は5年ほどで終えて、その後は契約形態をいろいろと変えて今は「自営業」である。
週休二日で平日の昼間に働き、決まった机に座って仕事をする見た目はまったくのサラリーマンであるが。
こうなったのは、『自分で考えて仕事をしろ』といろんな人に言われたのを、自分なりに実現した結果である。
サラリーマンでいる限りは、自分の考えや責任で仕事をすることはできない。せいぜい、そのフリをするのが精一杯で、ほとんどのサラリーマンはそうしてストレスをためつつ安定した生活を送ることを選択している。

しかし私はストレス耐性が低いので、そんな生き方はできない。さいわい、無趣味で衣食住などにたいする欲もひじょうに淡白なので、裕福な生活を犠牲にしてストレスのない生き方を選択したのである。ボーナスも退職金もない。傷病手当もない。住宅手当もない。転勤費用は自腹。

確定申告書かなくちゃ・・・

インフルエンザ

先週の金曜日、仕事で飲み会があった。日曜日の夜からだるさと咳が出始め頭がぼうっとし始めた。寝ながら、これは確実に熱が出ていると感じて体温を測ったら36.5度だったが、わたしは平熱が35度くらいなので、微熱といってよかった。

月曜日。出勤したら、金曜日に飲み会に参加したメンバーの一人がインフルエンザで休んでいた。彼は私の隣に座っていた男だ。わたしはマスクをして一日仕事をした。毎日飲む酒も飲みたくても飲めない状態だった。さいわい食欲だけはあったので、コンビニで弁当を2食分くらい買って食べて寝た。寝る前や目が覚めたときにちょくちょく体温を測っていると、37.5度くらいだった。症状は咳と、咳をするときに感じる頭痛以外には、のどの痛み、鼻水、悪寒などの症状もほとんどなかったが、かなりしんどかった。

火曜日の朝。早くに目が覚める。自分が仕事をする分には平気だったのだが万一インフルエンザであったらまずいので、出勤前に病院へ行こうかと思って近所の病院の情報をさがしてみたがほとんどの病院の診察時間は9時からだった。今の仕事は少々たてこんでおり、病院へ行って遅刻することは不可能ではなかったがなるべく避けたかった。熱が37度台でもインフルエンザである場合もあるという情報もあれば、37度台では検査すらしてもらえない、という情報もあった。体温が38℃を超えたら病院へ行こうと決めて、何度か測ったが37.8度くらいが最高だったので、病院へ行かずに出勤した。寝ているときよりも仕事をしているほうが楽だった。帰りにコンビニで寿司とパスタか何かとさらにもう一品、大量の食事をとって寝た。

水曜日の朝。熱は36.5度になっていた。咳はまだとまらない。咳は空咳で、タンなどまったくでない、不快な咳だ。出勤すると、先日の飲み会メンバーからまた一人インフルエンザ感染者が出た。もしかして私もインフルエンザだったのでは、という気がしてくる。しかしすでに症状のピークは超えて、ほとんど治ってしまっていた。

そして木曜日、飲み会メンバーから3人目のインフルエンザ感染者が出た。職場では明らかに風邪という人が何人もいて、ほとんどの人がマスクをしている。中にはインフルエンザが疑われるようなひともいる。夜、酒を飲む。

金曜日は祝日。咳はまだ出るが、ようやくタンが出てきた。タンが出れば、咳をするのも意味があると納得できるし、空咳の時ののどがこすられるような不快感もない。いつも通りに過ごそう・・・と思ったが雪が降って非常に寒かったので、外出はしたがすぐ帰ってきて、インドカレー屋へ行って酒はほどほどにして寝た。


私はインフルエンザになったと正式に診断されたことがないが、一度だけまず間違いなくそうだったと思われることがあった。仕事を探している最中で一時的にバイトをしていたときの、正月。1/2から仕事をする予定だったのだが、高熱が出て、電話して休むことを伝えた。あのときは、電子体温計が「hi」という表示を出し続けていた。何も食べることができず、起きることすらできず、ひたすら寝て、目覚めたらポカリスエットを飲むということを3日くらい繰り返していた。この時は家族と同居していたのだが、両親は何も言わなかった。正月くらい寝てすごしてもいいだろう、と思っていたのか。

私は今まで仕事を「風邪です」といって休んだことが合計で10回くらいあるが、本当に風邪だったのは2回くらいだ。風邪をひいても、熱が出ても、休めないときは休めない。逆に、体調が万全でも出勤しなくてよいときもある。だから最近は熱なんか測らずにいたのだが、インフルエンザの流行により、自分が我慢すればいいというわけでもなくなり、風邪をひいたかなと思ったら熱を測るようにしていた。

しかし今回のことがあって、やっぱり「インフルエンザなんか所詮はちょっとキツい風邪だろ?」と、それまでのように、思い始めた。

無責任な人、責任を逃れようとする人、最初から責任のない人

何も責任を負わされていず、かつ、無責任な人は何も言わないか、いい加減なことばかり言う。

責任感があるが、それを認められていないために何の責任も負わせられていない人は、どうでもいいことを口うるさく言う。

責任感がないのに不幸にも責任を負わされてしまった人は、何もかもを悲観的に言う。

責任感があり、かつ、責任を負っている人は、ほとんど理不尽に楽天的である。

あちこちが腫れる

年明けの仕事始めの日に右太もものまんなかあたりにしこりを発見。痛くも痒くもない。そして昨日、12時ごろ食事をして店を出ようとしたら、右首、あごのしたあたりにしこりというか腫れを発見。リンパ節が腫れているのだろうか。こちらも痛くも痒くもなく、発熱などの症状も一切ない。しかし、猛烈に酒を飲んでいるので体がいつぶっ壊れてもおかしくないとは思っている。

Walker

私の職場は最寄り駅からバスで10分くらいかかるところにあるが、
最近帰り道は歩くことが多くなった。
帰る時間が遅くてバスの本数が少ないこともあるが、歩くことそのものが好きである。
歩くと30分くらいかかる。
休日なども、電車に乗らずに何キロも歩くことがある。
それを人に言うと、よく、「バカじゃないの?」というような顔をされる。

だが、そういう人たちはヘルシア緑茶を飲んだり、カネを払ってジムに通ってランニングマシンの上で足踏みしたりするのである(あんな動作を走るとは言わない)。
私に言わせればそっちのほうがよっぽどバカげている。

外国語を理解するために必要なこと

久しぶりの海外出張に行って感じたのは、翻訳ツールの充実ぶりである。 誰もがもっているスマートフォンでは無料で使用できる翻訳アプリが使える。 パソコンではgoogle翻訳をはじめとして、これも無料で使える翻訳サイトがたくさんあり、翻訳の精度もずいぶん向上した。 アプリ等...