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2011年3月26日土曜日

時間を止める

今朝いつものように信号待ちをしていた。
まだ赤だったが何人かの人が渡って行った。
私はそこの信号が後どれくらいで青になるかがわかっていた。
あと15秒くらいだった。
15秒だから、と思ったが、何かを待っているときというのは時間が進むのが遅いものだ。

そしてそのとき改めて思ったのは、時間の進み方というのは人の意識によって変わるということだ。
信号を渡り終えて駅までは1、2分と、信号待ちより長い時間がかかるのに、
待っているときのように時間がすすむのが遅いとは思わず、
遅刻しそうなときなどはもっとゆっくり進めと思うほどだ。

それを考えたときに、もし時間を止めたいなら、意識の持ち方によって、
完全にとめることはできないとしても、遅くすることはできるのではないかと考えた。
何かを待っている時に遅く感じる。そしてその待つものは今すぐにでもやってくるかもしれない。
そして、それが来てしまってはいけない。さあ、何を待てばいいのか。

そこまで考えたときに私はキリスト教はもしかして飛び去るように過ぎ行く時間を止めようとするものなのかと考えた。