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2011年7月30日土曜日

地球は丸くない


遠くまで続く道を見ると、先が細く見えますよね?でも、だからといって「道は台形をしている」とは考えませんね?道は普通はある一定の幅の細長い長方形であると、みんな認識しています。地球が丸いことが、水平線が広く見渡せるところではわかると言いますが、それも道の先が細く見えるのと同じようなことじゃないでしょうか?私は地球が球形であるなどというのは詭弁であると考えています。われわれが地球の丸さを実感できないのはあまりに巨大だからではなく、実際に丸くなどないからです。

私はそのこと(地球が丸くないこと)についてまだインターネットが普及する前のパソコン通信時代に、Niftyの掲示板に書き込んだことがあります。何件か反応があったのですが、私が主張した「地球は球形ではない」ということが理解されないことに驚きました。私が主張していることを正しいと認めないことに驚いたのではなく、私が主張している内容を理解できない人に驚いたのです。ある人は「地球は完全な球ではなくちょっとつぶれている」と言い、ある人は「凹凸がある」などと言うのです。また、私が例として述べた東京からブラジル、つまり「地球の真裏」に飛ぶ飛行機は、もし地球が球形であるならその軌道は半円を描いて機体がひっくり返るのかということについて、離着陸時の軌道は飛行中と異なるからきれいな半円にはならない、などと言う意見もありました。

私はこの反応が非常に象徴的であると思いました。私が日ごろ感じていた人々がこだわることのどうでもよさ、逆に信じて疑わないことの奇妙さ、うそ臭さ、そういう感覚が地球が球形であるということについての反応でも同じようだったからです。私の言うことを理解しておもしろい考えですねといってくれた人が一人だけいたかな・・・

私もそれはあくまで素人ならではの素朴な皮肉というか逆説のようなものであることも自覚していましたがそれほど支離滅裂な主張ではなく実は科学的にも核心をついているのではとも思っていました。ある日図書館で見つけたホーキング博士の本で、球形であるかどうかについてではありませんが、「地球が静止していて他の天体が動いていると考えることもできるが太陽を中心に惑星が公転していると考える方が自然である(からそう考えているに過ぎない)」と述べているのを見て、少し満足しました。

ですが、私が本当に言いたかったことは、「地球は丸くないとも考えられる、そういう発想の転換もある」などということではないのです。一体自分は、あなたは、今どこにいるのか。地球の上に立っているのではないのか。地球全体を球であると認識できるほどの上空から眺めているのか、どっちなのか。どうしてそんな、これからの人生でもまずあり得ないような状況、立場からの観点で物事を捉えようとするのか。それが「客観的」なオトナの態度なのか。そういうことが言いたかったのです。

そしてこのことを考えるきっかけになったのは、その頃上映された「アポロ13」という映画でした。アポロ13はご存知の通り事故を起こして月面に着陸できずに、それでもなんとか無事に地球へ帰還します。映画では当然宇宙から見た地球の姿が何度も写しだされます。まん丸な、美しい天体です。そして、地球へ帰還するときに大気圏?か何かを通過する1分だか3分だかの間、交信ができない時間があり、地上で待つ人々がその間固唾を飲んで待つシーンがあります。そして確か交信が再開した後に映し出されたのはアポロが空から海へ落下してくるところでした。もう、丸い地球ではありません。それは先ほどまで暗闇に浮かんでいた美しい丸い天体とはまったく別の世界でした。

私はそれを見て、これまた当時普及したてのパソコンで使用される「アイコン」を連想しました。アイコンというのはアプリケーションとかプログラムとか言われるものの実体ではなく、目印というか象徴のようなものです。それをダブルクリックするとアプリケーションが起動して文字を入力したり画像や動画が表示されたりする。宇宙空間から見る地球というのはアイコンのようなもので、それは実体ではない。そんなことから私は地球は球体などではないという発想をしていったのです。