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2011年10月8日土曜日

膵臓がん

Steve Jobsが亡くなった。
彼のことについて語っている人はたくさんいるが私は彼のことをよく知らないしあまり思い入れもない。
私が話したいのは彼の死因の膵臓がんのことである。私の父は膵臓がんで死んでいて、主にインターネットでいろいろ調べてそれががんの中でも厄介なものであることを知っていたので、Jobsが膵臓がんになったと聞いたときもこれはマズいなと感じ、手術後やせた姿で現れたのを見たときには父の姿と重なって見えた。Jobs氏は2004年に膵臓がんになったということだから7年くらい生存したことになり、膵臓がんにしてはめずらしい例だと言えるだろう。ニュース記事にも書かれていたがやや特殊ながんだったそうである。

彼が亡くなった日、googleの検索後ランキングに「膵臓」という言葉があった。検索してみるとその中にある人の膵臓がんに関する手記があった。それを読み始めると、その人も2004年に膵臓がんの診断を受けた、というところから始まっていた。私はそれを読んで、『この手記を書いた人はもう亡くなっているだろう』と思った。

しかし読みすすめていくと、この人はほぼ間違いなく膵臓がんであろうと診断されても手術を拒否し、セカンドオピニオンでも同様の診断だったがそれも拒否し、手術以外の治療法を求めて病院等を訪ねまわっていた。途中まで読んで、もしかして、と思って手記の最後を見ると、なんとガンが消えて現在も元気だというのである。

手術をして確認したわけではないから本当にガンだったかどうかはわからないが、セカンドオピニオンでも即手術をすすめられるような状況だったというから、おそらくガンだったのであろう。本人もそう書いていた。それを、手術や抗がん剤を使用せずに主に東洋医学の治療によって克服したのである。

私は父が膵臓がんになり入院し手術を受け、腹や鼻などにチューブを入れられ、食事もできずやせ衰え、1年ほどで癌性腹膜炎となって亡くなる一部始終を見ていて、『こんな苦しい思いをするなら手術も抗がん剤も使わずに死んだほうがマシだ』と思った。私は父の病気をきっかけに、それまでもなんとなく嫌いだった医者や医学というものに対して不信感のようなものをおぼえ、一層敬遠するようになった。

医者も仕事である。患者は客で、高額な費用のかかるガンの手術は、もちろん高度な技術を必要とする仕事でもあろうが、おそらくいい商売なのだろう。特に父の場合のように統計的に見て予後不良で末期に近く治癒の見込みがほとんどないような患者であれば、抗がん剤でもなんでも使ってとりあえず生存させればそれは病院や医師の実績となるかっこうのチャンスだから、積極的に手術をすすめるのではないかと思えてならなかった。

最近は医師はがん患者に対してがんを告知するケースがほとんどのようである。それは医療技術が進歩して、手術や抗がん剤、放射線などによる治療ができるようになってきたから、患者も絶望しなくてすむからであろう。しかし、どうも医師というのは比較的末期に近いがん患者やその家族に対し、以下のように告知するのが通例のようになっているようだ。

まず、「腫瘍がみられます。手術してみないとわかりませんが、悪性の可能性が高いです。」と言う。そして手術をした後、「やはり悪性で、予想していたよりも進行していました。ガンは切除しましたが再発のおそれがありますので抗がん剤による治療をします。」そして再発して手の施しようがなくなると、余命宣告となる。

ガンの告知については本人も家族もほとんどの人が希望するようだが、余命宣告となると話は変わってくる。我々は父に余命を告げることはしなかった。2回目の手術をするときも、再発したかどうかさえはっきりとは言われなかった。私ももう、2回目の手術をした頃には絶望的になっていて、術後の医師の説明内容もよくおぼえていない。たしか「出来る限りのことはした」というようなことを言ったとは記憶しているが、開腹はしたものの手の施しようがなかったから何もせずに終えたのではないか、などと母と話したりした事が真相ではないかと思う。

1回目の手術では切除した内臓の一部を見せられ、ここがガンであるという説明も受けたのだがそんなものを見せられても正常な内臓を知らないからよくわからなかった。真っ黒な塊でもあればわかっただろうが、そんなものはなかった。私もさすがに最初の手術で、ガンでもなんでもないのに内臓を取ったとまでは疑っていないが、もしそうされていたとしても私にはわからないのだ、ということはわかった。故意でそんなことをする医師はまずいないだろうが、誤診をしたり、手術でミスをしたりしたことを隠す医師はきっといるだろう。

そんな経験があったので、膵臓がんを克服したという人の手記には驚かされた。しかも患者自身が自分で調べて自分の足で病院をまわって医師の言うことに食い下がったのだ。おそらく自分の身体が死ぬような状態にないことを感じていたのだろう。私の父は楽観的に見えた。手術や治療にも積極的であったが、どこかであきらめていたのではないかとも思える。だが、末期は少し取り乱したと言うかワガママになった。ほんの数ヶ月程度であったが認知症を発症して、介護のようなこともした。悲しさよりも、惨めさの方が強かった。こんな死に方は絶対にイヤだと思った。父の人生そのものは否定しないが、死に様はどう見ても安らかではなかった。苦しんで死んでいった。眠るように死んだのは麻薬のせいである。

人の死に様は他人には見えないから「家族に見守られて静かに息を引き取りました」というのは社交辞令で、もがき苦しんで死んでいる人が多いのかもしれない。私はそういうことを隠すのが礼儀だとか常識だとは思わない。ガンというのはまだ原因も治療法もはっきりわかっていない病気である。手術による切除や抗がん剤や放射線治療だってとりあえずやっているだけである。それを、それしかない手段であると思い込んであきらめてしまうのは、その時の患者や家族などにとっては仕方ないかもしれないが、これからガンになる人、いま闘病している人には手術や抗がん剤による治療の苦しさを伝えて、それをしないという選択もあることを考えてもらうのも必要ではないか?

私がガンになっても治療したくない、というのは、まだそういうことが自分にあるとは本気で思っていないから言えることではあるだろう。実際にガンになってみたらあわてて病院へ行ってすぐに手術してしまうかもしれない。しかし、今回インターネットでみつけたガンを克服した人の手記を読んで、がん治療を拒否するという考えがさらに強くなった。