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膵臓がん

Steve Jobsが亡くなった。
彼のことについて語っている人はたくさんいるが私は彼のことをよく知らないしあまり思い入れもない。
私が話したいのは彼の死因の膵臓がんのことである。私の父は膵臓がんで死んでいて、主にインターネットでいろいろ調べてそれががんの中でも厄介なものであることを知っていたので、Jobsが膵臓がんになったと聞いたときもこれはマズいなと感じ、手術後やせた姿で現れたのを見たときには父の姿と重なって見えた。Jobs氏は2004年に膵臓がんになったということだから7年くらい生存したことになり、膵臓がんにしてはめずらしい例だと言えるだろう。ニュース記事にも書かれていたがやや特殊ながんだったそうである。

彼が亡くなった日、googleの検索後ランキングに「膵臓」という言葉があった。検索してみるとその中にある人の膵臓がんに関する手記があった。それを読み始めると、その人も2004年に膵臓がんの診断を受けた、というところから始まっていた。私はそれを読んで、『この手記を書いた人はもう亡くなっているだろう』と思った。

しかし読みすすめていくと、この人はほぼ間違いなく膵臓がんであろうと診断されても手術を拒否し、セカンドオピニオンでも同様の診断だったがそれも拒否し、手術以外の治療法を求めて病院等を訪ねまわっていた。途中まで読んで、もしかして、と思って手記の最後を見ると、なんとガンが消えて現在も元気だというのである。

手術をして確認したわけではないから本当にガンだったかどうかはわからないが、セカンドオピニオンでも即手術をすすめられるような状況だったというから、おそらくガンだったのであろう。本人もそう書いていた。それを、手術や抗がん剤を使用せずに主に東洋医学の治療によって克服したのである。

私は父が膵臓がんになり入院し手術を受け、腹や鼻などにチューブを入れられ、食事もできずやせ衰え、1年ほどで癌性腹膜炎となって亡くなる一部始終を見ていて、『こんな苦しい思いをするなら手術も抗がん剤も使わずに死んだほうがマシだ』と思った。私は父の病気をきっかけに、それまでもなんとなく嫌いだった医者や医学というものに対して不信感のようなものをおぼえ、一層敬遠するようになった。

医者も仕事である。患者は客で、高額な費用のかかるガンの手術は、もちろん高度な技術を必要とする仕事でもあろうが、おそらくいい商売なのだろう。特に父の場合のように統計的に見て予後不良で末期に近く治癒の見込みがほとんどないような患者であれば、抗がん剤でもなんでも使ってとりあえず生存させればそれは病院や医師の実績となるかっこうのチャンスだから、積極的に手術をすすめるのではないかと思えてならなかった。

最近は医師はがん患者に対してがんを告知するケースがほとんどのようである。それは医療技術が進歩して、手術や抗がん剤、放射線などによる治療ができるようになってきたから、患者も絶望しなくてすむからであろう。しかし、どうも医師というのは比較的末期に近いがん患者やその家族に対し、以下のように告知するのが通例のようになっているようだ。

まず、「腫瘍がみられます。手術してみないとわかりませんが、悪性の可能性が高いです。」と言う。そして手術をした後、「やはり悪性で、予想していたよりも進行していました。ガンは切除しましたが再発のおそれがありますので抗がん剤による治療をします。」そして再発して手の施しようがなくなると、余命宣告となる。

ガンの告知については本人も家族もほとんどの人が希望するようだが、余命宣告となると話は変わってくる。我々は父に余命を告げることはしなかった。2回目の手術をするときも、再発したかどうかさえはっきりとは言われなかった。私ももう、2回目の手術をした頃には絶望的になっていて、術後の医師の説明内容もよくおぼえていない。たしか「出来る限りのことはした」というようなことを言ったとは記憶しているが、開腹はしたものの手の施しようがなかったから何もせずに終えたのではないか、などと母と話したりした事が真相ではないかと思う。

1回目の手術では切除した内臓の一部を見せられ、ここがガンであるという説明も受けたのだがそんなものを見せられても正常な内臓を知らないからよくわからなかった。真っ黒な塊でもあればわかっただろうが、そんなものはなかった。私もさすがに最初の手術で、ガンでもなんでもないのに内臓を取ったとまでは疑っていないが、もしそうされていたとしても私にはわからないのだ、ということはわかった。故意でそんなことをする医師はまずいないだろうが、誤診をしたり、手術でミスをしたりしたことを隠す医師はきっといるだろう。

そんな経験があったので、膵臓がんを克服したという人の手記には驚かされた。しかも患者自身が自分で調べて自分の足で病院をまわって医師の言うことに食い下がったのだ。おそらく自分の身体が死ぬような状態にないことを感じていたのだろう。私の父は楽観的に見えた。手術や治療にも積極的であったが、どこかであきらめていたのではないかとも思える。だが、末期は少し取り乱したと言うかワガママになった。ほんの数ヶ月程度であったが認知症を発症して、介護のようなこともした。悲しさよりも、惨めさの方が強かった。こんな死に方は絶対にイヤだと思った。父の人生そのものは否定しないが、死に様はどう見ても安らかではなかった。苦しんで死んでいった。眠るように死んだのは麻薬のせいである。

人の死に様は他人には見えないから「家族に見守られて静かに息を引き取りました」というのは社交辞令で、もがき苦しんで死んでいる人が多いのかもしれない。私はそういうことを隠すのが礼儀だとか常識だとは思わない。ガンというのはまだ原因も治療法もはっきりわかっていない病気である。手術による切除や抗がん剤や放射線治療だってとりあえずやっているだけである。それを、それしかない手段であると思い込んであきらめてしまうのは、その時の患者や家族などにとっては仕方ないかもしれないが、これからガンになる人、いま闘病している人には手術や抗がん剤による治療の苦しさを伝えて、それをしないという選択もあることを考えてもらうのも必要ではないか?

私がガンになっても治療したくない、というのは、まだそういうことが自分にあるとは本気で思っていないから言えることではあるだろう。実際にガンになってみたらあわてて病院へ行ってすぐに手術してしまうかもしれない。しかし、今回インターネットでみつけたガンを克服した人の手記を読んで、がん治療を拒否するという考えがさらに強くなった。

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死を望む人の死生観

最近は死にたい気持ちがいっそう募ってきた。単なる慣用句また感動詞としての「死にたい」ではなく、本格的な「希死念慮」という奴である。

そしてまた自殺の方法を調べた。恐怖と苦痛が少なく迷惑もかけない死に方はないか・・・。

すると、2ちゃんねるの自殺未遂体験を語るスレッドが見つかった。
以前にもちょっと眺めたことはあるが、じっくり読んでみた。

多いのは薬物とリストカットと足がつく場所での首吊りだった。
失敗した原因は、同居人のいる自宅で遂行した、電話やメールで知人にほのめかすかあるいははっきり宣言して助けられた、恐怖で自殺を思いとどまった、などである。

共通しているのは、すべて自分が死ぬ覚悟ができていなかった、死ぬ恐怖に打ち勝てなかったということである。

自殺の話になるとまず言われるのは「自殺なんかしてはいけない。命は授かりものだ。」という自殺罪悪説である。それから、「自殺未遂なんて本気で死ぬつもりなどないのだ。死にたいのならとっとと死ね」という未遂に対する罵倒。そして、「何があったの?死ぬ前に誰かに相談すれば?生きてればいいことあるよ」という心配。

「自殺は素晴らしい」という人はまずいない。
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乃木稀典とか、三島由紀夫とかである。

私はこの2人の自殺にも興味を持っていろいろと調べてみたが、あまり手放しでは賞賛できないような事実をいくつか知った。そして、2人の死について否定的な考えを表明している有名人も大勢いることを知った。



調べれば調べるほど、自殺というのは限りなく困難なもので、ほとんど不可能に近いと思えてくる。
ロープを用意し、山の中まで行って首を入れるところまでいってもやめてしまう人がいる。
薬の大量服用については、本人の意志に関係なく吐いてしまい、まず成功することがない。

未遂に終わった場合、「二度と自殺なんかしない」という人が多いが、中には「今度こそ」と考える人もいる。実際、自殺に成功した人は何度か未遂を繰り返した人が多いそうである。



私は自殺を試み未遂に終わる人たちがすべて本気で死のうとしていないとは思わない。
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しかし、いざ死のうとすると苦痛と恐怖で思いとどまってしまう。

思いとどまるときに、たと…

グリーン車で横の席に荷物を置く人

私は常磐線で通勤しているのだが、最近朝がつらくて、
グリーン車に乗ることが多い。

私が乗る駅では、グリーン車は窓際はまず埋まっている。

窓際に人がいる隣の通路側の席に座る。


だが、そこにカバンを置いている人が非常に多い。

私はそれがとても頭にくる。というか、その神経が理解できない。


なぜそんなことができるのだろうか?

私は休日にもグリーン車に乗ることがあるが、

ガラガラでもとなりの席に荷物など置いたことはない。

なぜなら、グリーン車は有料だからだ。


距離によるが、550円とか770円とか、ランチが食べられるくらいの料金だ。


まあ、ガラガラであれば、カバンを置いても、私はしないが、まあ許せる。

でも、通勤ラッシュ時で、上野につくころにはほぼ満席になる常磐線のグリーン車で、

隣の席に荷物を置くのは許せない。

その荷物をつかんで放り投げたくなる気持ちを懸命に抑える。


時々、そういう人にむかって、「すいません」と言って席を空けてもらって座る人がいる。

謝るのは荷物を置いている方だろ!


そういうときに、荷物を置いている人が謝るのを見たことがない。

私は、絶対に謝らない。そこまでして座りたくない。


が、そういう人がいると、顔をじっと見る。

そうすると、だいたいどける。



最近わかってきたのだが、この行動は無神経であるとか気が利かないというのではなく、

隣に人を座らせたくないので故意にやっているようだ。


なんという、利己的な行為だろう。私はそういう行為が本当に嫌いだ。


私も、なるべく隣に人がいない席を選ぶ。隣に人が来て欲しくないという気持ちはわかる。

でも、だからって荷物を置いて座らせないようにするなんてことは絶対にできない。

そんなことまでしたくない。


昨日は、隣の席に荷物を置いて寝ている人に、「すいません」と声をかけている人がいたのだが、

寝ている人は2、3度声をかけられても起きなかった。

多分、気づいているのに起きなかったのだろう。



私は振り返って、その人がどんな顔をしているか見た。

年齢は私よりやや上、50歳前後だ。

上着を着ずにワイシャツとスラックスの、ごく普通のサラリーマン風の男性である。


特にバカそうでもズルそうでもダメ人間でもだらしない感じでもない。

でも、そういうごく普通の人間が、このような利己的な行為をするものなのである。

これは静かなる暴力と言ってもいい。


キンタマを掴まれる

この話はツイッターで言いたかったのだが、どうしても「キンタマ」と書く勇気が出なかったのでこっちに書く。

私は猥談が嫌いだ。
猥談なんかしていたのは高校生まで。
わけあって私は一切猥談をしなくなった。
飲み会でもしない。飲み会でそういう話題になると貝になる。

そして、「キンタマを掴まれる」という言葉には性的な意味はない。
それは常識かもしれないがやっぱりキンタマなどという言葉を口にすることははばかられる。
わたしも「キンタマ」などという言葉を思い出したのは久しぶりで、懐かしささえ感じた。

なんで思い出したかというと、夢の中でキンタマを掴まれたからだ。
その夢では、わたしは背後にぴったりと誰かが張り付いているのを感じていた。
それは見えないし、ぴったりではあるがそっとなので気のせいかなと思うくらいだ。
だが、間違いなく張り付いていると確信した。だが、それを自分で払いのけることはなぜかできない。

そこで、近くにいた知り合いと思われる人に、「ちょっとこれはがしてくれない?」と頼んだ。

それを頼んだときに掴まれたのか、その前から掴まれていたのかわからないが、
その背後にはりついていた何者かがわたしのキンタマを掴んでいた。
とても痛かった。その痛みは鋭いものではなく、鈍く、重いものだった。

そして結局背後にいるものがはがされないまま、目が覚めた。
その目が覚める瞬間に、キンタマの痛みもすーっと消えていった。
そして、わたしは「あ、これは自分が作り出している幻覚にすぎないな」ということがわかった。