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2011年11月12日土曜日

ある転職

私は最近転職をした。正確には「転職」ではないのだが、勤務する場所と仕事が変わったので一般的には「転職」と言われることである。その理由は職場での人間関係のトラブルである。私はどうしても我慢できないことがあって、これは職場を変える以外に解決方法はないと判断して実行した。だが、そのトラブルというものは、傍目からみたら何がトラブルなのかもわからないようなことである。実際、職場の責任者の人は私に何があったのかを理解できていないようだった。ただし、わかりにくいとはいっても決して「些細なこと」ではなかった。

そのトラブルは何かというと、簡単に言えば同じ仕事を遂行するある者との意思疎通ができなくなったのである。それは、一般にいう後輩である。これまた正確には後輩ではないのだが、同じ職場で同じ業務を遂行する自分よりも若いメンバーであり、一般的にそれを「後輩」と呼ぶのでこの言葉を使う。私はその後輩のA君の仕事の仕方が以前から気に入らなかった。非常に消極的で個性のないつまらない人間だった。自分の意見や疑問を一切表明することがなく、判断も人に仰ぐ。まだ若いし性格は簡単に変わらないからと私はひとつずつ具体的なことをアドバイスしていた。しかし彼はそのアドバイスを「指示」と受け取っているようだった。私が何か言うと無表情で「ハイわかりました」と言ってそれを淡々とこなすのである。彼は仕事をしていて驚いたり喜んだりすることがない。ただただ、流れてくるものを受け流すようなことしかしない。ちょっとしたミスをするとすぐに「ご迷惑をおかけして申し訳ございません」と言う。言うといっても口ではなくメールに書くのだが。しかし私は彼がまったく「申し訳ない」気持ちなどない事はわかっていた。ただ批難をさけたいがためだけの、道具としての詫び文句なのである。

彼と一緒に仕事をして1年ほど経った頃、私は彼があまりに成長しないので、少し説教のようなことをし始めた。説教とは、具体的な方法の説明とかアドバイスではなく、仕事をするにあたっての心がけのようなことを説くことである。しかし彼はその説教すら「指示」として受け取ってしまう。「もっと積極的に自主的に動け」というようなことを言うと「ハイわかりました」と言うのである。この「わかりました」も、「申し訳ございません」と同様、単に説教をさけるがための道具としてのフレーズにすぎない。まあ、「ちゃんとやれ」と言ってちゃんとやれるくらいなら苦労はないし、先輩としても手本を示すなり具体的なアドバイスをするべきだから、手を変え品を変え、彼に足りないことと身につけるべきことを気付かせようとした。

だがそれから1年程たっても彼は全く変わらなかった。その頃になると私の中にある疑惑が生まれた。「彼はもしかして、現状の自分に満足し不足がないと考えているのではないか?」と。そこで私は、少し強めに、やや感情的に彼に接し始めた。それは意図したことであったが、半分くらいは本当に不快だったのである。だがそれは逆効果であった。感情的に接すると彼は一層自分を閉ざし、今まで以上に消極的に無気力になっていき、しまいにはそれまでは形式的にではあれ表現していた「申し訳ございません」や「わかりました」すら言わなくなったのである。わかりやすく言うと私を無視し始めたのだ。

ここで、私はあきらめた。そもそも、私は彼の上司でも先輩でもないのである。彼はある会社の社員であるが私は違う。業務を遂行する上でのパートナーに過ぎない。だから、私には彼を育てて有能な人間にすることにメリットはない。しかし、私と彼は同じ会社に所属するものとして、顧客先に常駐してサービスを提供している。そのサービスの質が低ければわたしは職を失うから、それは避けねばならない。そうなるとやはり彼を「教育」する必要がある。だがそれまでの私の苦労とそれがムダに終わったことを振り返って、むなしさを感じ始めた。一体私はどうしてこんな緊張と苦労を背負ってまで彼と仕事をしなければならないのか。

実は、私とA君はその顧客を失いかけたことがある。ある日彼がニコニコしながら契約が翌月までで終了することを告げてきたのだ。見たこともないような笑顔であった。だがよく聞くとその契約終了は彼だけなのか会社としてなのかが不明だった。そして確認させると終了するのは彼だけとのことだった。だが、そこで彼の会社の上司であり営業担当でもある者が、二人一緒に職場を移ることを提案してきた。私にとってその会社は顧客のようなものであるから、彼の希望をむげに拒否することもできないのでそれを受け入れた。するとその後、常駐先の会社との契約が続行することになった。要するに、私がいなくなっては困るから調整してもらったのである。その代わりに別の会社のメンバーの契約が切れた。

それからまた1年が経った。顧客の業績もあまり思わしくないようで仕事が減っていき、職場も毎日静まり返っていた。私は去年のことを思い出し、このままでは契約が終わるのではないかという不安に襲われた。A君との関係も変わらず、私の心理状態は最悪になった。そしてとうとう、私はA君の仕事の仕方について批判とその改善要求をメールで文書として上司をCCに入れて送りつけた。さすがにここまですれば無視はできない。彼の上司がすぐにやってきた。A君は私には直接何も言わず、上司を介して私のA君に対する要求に応じるつもりはないということを告げてきた。彼の上司は彼をほかの社員に交代させてもいいと言ってきたが私は断った。そこでもう、この会社を相手にやっていくことは無理だと思った。

私はその会社との契約を継続しない旨を告げた。彼の上司はA君を交代させるから継続して欲しいと言ってきたが私はA君が理由ではないと言って断った。A君の会社の顧客も驚いたようであったがあくまでも契約上は何も問題がないので当然わたしの希望通りとなった。私は転職するにあたって、A君にもA君の会社にもその顧客である常駐先の会社にも一切おわびするような事はいわなかった。ごく簡単に世話になった礼を言ったのみである。

転職を決意してから新しい職場で仕事をしている今も、ずっと精神状態は最悪である。酒量が増え、酒の力で無理やり寝てはいるがすぐに目が覚めて体調も最悪である。今でも前の職場のことがなかなか頭から離れない。私は転職すればきっと状況が改善すると思ったが、それよりも今まで無駄な苦労をしてきたことの後悔がいつまでも晴れない。やめたのは正しかったと言うかやめざるを得なかったのでそのこと自体に後悔はないが、それまでずっと妥協していたことについては激しく後悔している。


こうなった原因は私にもあるだろう。A君に対して感じる不満は、私自身にも思い当たるものである。
おそらく、A君は私を見て私のようになり、私はそんなA君を通して自分の欠点を痛感して耐えられなくなったのだ。

ちなみに、A君というのは女性である。
そして私はここまで関係がこじれた要因のひとつが彼が女性だった事なのは間違いないと思っている。