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2011年12月27日火曜日

食っていくのは簡単(2)

つまり、私にとって働くことは学生時代のアルバイトの延長だったのである。働くことは人生の目的ではなく手段であった。多くの人がそう考えていると思っていたが、そうではなかった。ほとんどの人は就職して働くことが人生のすべてであるかのように生きていた。

私は契約社員で働き始めて、月給は残業代を含めて30数万円だった。大卒初任給として考えれば非常に高給と言えるだろう。しかしボーナスもないし雇用保険もない。社会保険はあったかどうかうろ覚えだ。契約社員のままであれば退職金ももらえない。聞いたわけではないが、おそらく同じ課で働いていた新人の正社員達は20万にも満たなかったと思う。

そして1年たって、私は正社員になった。やっていたことは正社員になってもまったく変わらなかったのだが、変わったのは給料が安くなったことだ。月給で10万くらい減った。でも、各種保険などがあるから単純に比較もできない。

正社員になってうれしいのはボーナスであるが、これがなかなか満額でもらえなかった。満額でもらえたのは確か4回目だったと思う。いっしょに仕事をしていた先輩に愚痴をこぼしたのを憶えている。


正社員になってすぐに、一人暮らしを始めたが、生活は非常に苦しかった。社会人なりたてだから給料が安いのは仕方がないと思っていたが、だんだん景気が悪くなって仕事が減っていった。それまでは残業が30~40時間はあったのだが、残業がないと月収は20万円を下回る。それでも多少は残業があったが、もし残業がなかったらどうなるか計算してみると15万にも満たない。これでは時給800円でバイトしていたときの方が稼げた。


そして私はその会社で5年間がんばったのであるが、年収は400万円くらいまでしかいかなかった。それもかなり残業をした上である。

心身ともに疲れ果てて退職し、また契約社員や派遣社員で働くようになった。正社員になるより簡単に仕事ができて、各種保険などがない代わりに給料がそこそこもらえるから、とりあえず生きていくにはそれでよかった。

そして今に至るまで、私は「とりあえず生きていく」やり方で生きてきた。途中で一度だけ、そんな生き方に不安を感じて正社員になったことがあったが、やはり給料の安さと自分の人生が確定してしまう恐怖を感じてすぐに辞めた。

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私がいいたいのは、この私の生き方が本来の働くということではないかということである。
「社員」というものは、各種保険や退職金やボーナスや福利厚生などで手厚く保護されている。病気をしたり失業したり退職したときにも困らないような制度に守られている。しかし、今やそれらの社員を雇うためのコストが企業の重荷となって、それらが不要な労働力に対する需要が高まっている。

私は結局正社員をやめたときに退職金はゼロだった。勤続年数が短かったからか、辞め方が悪かったのかなんだかわからないがもらえてもたかがしれていただろう。病気で欠勤しても疾病手当てなんか出なかったし、辞めたあとに失業手当ももらわなかった。働く意志がなかったので職安に行くことすらしなかった。

何かあった時のためなら民間の保険や共済に加入すればよいし、老後の生活を考えるなら自分で貯金すればいいし、失業したらアルバイトでもすればいいのだ。どうしてそんなことのすべてを会社で面倒を見なければ、面倒を見てもらわなければならないのか?


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会社員になることというのは、ただ「食っていく」手段としてはあまりにも無駄が多い。「会社に就職しないと食っていけない」というのは脅しであり幻想である。就職できなかったり仕事を失ったりミスしたことで自殺したりする人までいるのは、その幻想のせいだ。