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2011年12月17日土曜日

楽な死に方

私はよく死にたくなる。最近は毎日のように思う。もう、死にたいと思うことはよくないとか、疲れているのだとか、病んでいるのではないかと考えることもやめた。人は誰もが死にたいと思っているのだ。死にたいと思わないほうが異常なのだ。

というわけで私は一体どうやって死ぬべきか?ということを考える。

まず真っ先に思いつく、やってはいけない死に方は電車に飛び込むことである。これは、迷惑をかけるからではなく、それによって大勢の人からうらまれののしられるからである。「人身事故」のアナウンスにより、それを引き起こした人間に対して人々が発する怨念はすさまじいものがあるだろう。それによって電車の1本や2本は動くくらいのエネルギーがあるのではないか。

人に迷惑をかけない自殺として私が理想にしているのは、火山の噴火口に飛び込むことである。噴火口などには近づけないので不可能かもしれないが、噴火口でなくても、人がそこに落ちたら這い上がってこれず遺体を回収することができないような場所に落ちることである。

だが、これは遺体の始末が不要で迷惑をかけないという点では問題ないのだが苦痛や恐怖が強そうだし場所を見つけることも困難である。


「楽に死ぬ」というのはどういうことか。なんせ事が死なので、誰も本当に楽かどうかを証明できないのであるが、よく聞くのが首吊りの苦痛が少ないということである。その理由はどうやら、窒息によって死ぬ前に失神するからであるらしい。昔の小説とか映画などではよく入水自殺のシーンがある。水死は苦しそうに思うのだが、死ぬ前に意識を失い、その後確実に死ねる死に方であれば、苦痛を感じずに死ねるようである。

焼身自殺も、火をつけて直立あるいは座って上半身を起こしていれば煙によって窒息するので苦痛が少ないそうである。最近、泥棒が捕まって火をつけられる映像を見たのであるが、その男は火をつけられる前に殴られて倒れて横になっていたために、全身が火に包まれているのになかなか死ななかった。人は皮膚の3分の2だかをヤケドすると死ぬなどと聞いたことがあるが、ヤケドではすぐには死なないようで、やはり窒息して失神し、その後に一気に燃える必要がある。