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2012年1月4日水曜日

調子に乗ってる彼

今関西地方のある地方公共団体の首長の言動が話題になっている。私は彼が具体的に何をめざしているのか詳しいことはよくわからない。ただひとつ言えるのは彼の言動が不愉快極まりないということだ。彼が何かを言うときに必ずだれかをけなし、ひとでなしの諸悪の根源であるかのように言う。それがひとりやふたりではない。何かするとき、何か言うときに敵対するものはすべてそのように扱うのである。彼がまだ一介の弁護士兼タレントであった時に、申告漏れだかなんだか忘れたが、彼について週刊誌に書かれたことについて彼のブログで2ちゃんねるでしか見られないような汚い言葉で感情的に記者をけなしているのを読んで、なんかヘンな奴だなと軽蔑したのを覚えている。彼が出演する番組はよく見ていて確かに弁舌が達者ではあるが笑わせようとする話では全く笑えず彼に突っ込む司会者によってやっと笑いが成立していた。

彼がかなり過激な、急進的というのか、改革をすすめていることはニュースなどでもチラホラ聞いていた。そしてある時、インターネットで関西でしか放送されない番組で彼が例によってある人間をクソミソにけなしている動画を見た。その時彼は、いかに自分が首長を勤める地方自治体が腐敗していてその腐敗した組織を立て直すには生半可なことではできないかを力説していた。彼ははっきりと「暴力的にならざるを得ない」と言っていた。

たとえば役人の給与が高すぎるとか、財政赤字が増加し続けているとか、確かに明らかにおかしいと言えることがあるのだろう。鉄道やらバスやらを民営化するとか言う話の中で彼は「市民全員が幸福になるようなことは一介の市長ではできない、それにしては市長の給与は安すぎる」などと言っていた。私はこの言葉についても非常に不愉快なものを感じた。政治に携わるものが、その報酬について安いなどと言った人間をいままでみたことがない。では報酬が高ければもっとよい仕事をするのか?報酬に照らし合わせて自分の政策を変えるのか?

彼は確かに今まで誰もできなかった改革をしようとしているのかもしれない。それくらいのエネルギーと知恵を持っているのかもしれない。でも、彼が今やろうとしていることは自分の理想を推し進めることだ。彼ははっきり暴力的という言葉を使った。彼は自分の政策に従わないものを解雇するというような発言をしたのも覚えている。

私は彼の政策ひとつひとつの是非をとやかくは言わない。しかし、今彼が戦っている人間たちも自分の理想を実現しようと努力してきたのである。その結果今のあの市の現状があるのである。現状に照らせば彼らは間違っていたといえるであろう。しかし、市でも都でも県でも国でも、こうすれば必ずうまくいく、などという方法は誰にもわからないのである。首長は選挙で選ばれるが、それはその首長の考えがすべて正しく彼が何もかもを決定する権力を持つと認めることではない。

たとえ今赤字が解消しても、彼が決定したことが今後どう間違った方向に進むかわからない。そうなった時に彼は自分で責任を取るのだろうか?取らないだろう。彼はその時には僕は独裁者ではない、僕はリーダーではあっても最終的な決定は議員によってなされ運営は役人がおこないそれを選んだのは市民だ、そもそも僕を選んだのも市民たちだ、などと言うのは目に見えている。

とりあえず、彼が言っていることでなんとか理解できるのは赤字の削減だけだ。何もかもがそこを目指している。そして私は首長の役目はそれではないと考えている。財政の黒字だけを目指すような運営は必ず失敗すると見ている。