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ラン日記

2010年

6/5
6:00頃スタート。やや曇り、蒸し暑い。前日就寝1:00起床5:00。朝食なし、コーヒー一杯。砂糖2個。下黒ジャージ、上ローリングス長袖アンダーシャツ+白トレーナー。自宅前467交差点スタート、自転車道の1.5km地点まで。推定2.7km。往路17:40(信号待ち30秒程度)、復路:16:02。往路で腰の辺りがかゆくなる。復路で右ひざが痛むがすぐおさまる。

8/16
16:45頃スタート マンション前の信号から0.5km標識+1kmで止まる。今日測ったら2.7km。時間は、14分30秒くらいだったかな。帰りはきつくて、1.5くらいでやめる。8分くらいだったかな。覚えていないくらい疲労困憊。体重は69kgくらいになった。

8/17
15:00頃 藤沢橋から1km標識まで。2.5km 時間は不明だが15分以上つまり6分ペース以上なのは確か。帰りは1.3kmくらい。時間は不明だが7分ペースくらいかな。体重は68.9。ようやく68kg台になった。この辺が上限。ベストは65くらいかな。もっと減ってもいい。走り始めて一番軽くなったのは62~63kgで体脂肪率が19前後くらいだった。マラソンをやるには体重でさらに3kgくらい落としたい。体脂肪率は15%くらいにしたいな。

8/19
2kmを往復。往路は12.5分くらい、復路は16分くらいだったかも。この暑さなので走っただけでよしとする。
3時ごろ。帰って水風呂入って、牛乳をゴクゴク飲んでヨーグルト一箱食べて体重測ったらほぼ70に戻った。

8/20
昨日は休み。今日は5時半ごろから、すずしい。2km往復。最後の1km、ピッチを測る。たぶん、380x2=760。
約1.3m・・・ほんとかな・・・?ピッチじゃなくてストライドね。ピッチは760/12分なので、約63。ほんとか?ピッチが少なくてストライドが大きすぎる。数え間違えたような気はしないでもない。また今度数えてみる。時間は行きも帰りもだいたい12分ちょうど。

9/5
6時すぎ。2km x 2。すずしい。往路:12:33 復路:11:25。帰ってきて水も飲まずシャワーも浴びず全裸で測ると67台。夕べは寝る直前にセブンイレブンで買った小さめのカツどんとたらこスパサラダを食べて、ぐっすり寝た。やはりシッカリ食べて、寝て、運動する。これがいい。ピッチだけど、500mで230歩くらい。230というのは左・右ワンセットで1として数えたもの。ピッチにすると460か。1kmだと920。ストライドは1.08となる。こんなものだろう。やっぱり、私はストライド走法ぎみのようだな。長距離を走るにはもっとピッチを刻む必要がある。今度からストライドを伸ばさずにピッチだけあげて速度を上げる練習をしようかな。

9/11
6:00頃 涼しい。2.5 x 2。往路15:15、復路14:52。体重68.9。

2011年

7/1
3x2

7/2
5 + 2+2+1

7/9
3x2

7/16
3x2

7/17
5x2(往路6.5分、復路約7分ペース)。体重67kg 。

7/23
5x2。往路 6分+ペース。 涼しいので復路はやや飛ばす。しかも腹が下っていた。 5:20/km ペースで帰り、便所に直行。

7/24
5x2。あまり体調がよくない。 6時半から。往路は6:20/km くらいのペース。もう歩いて帰ろうかとおもうくらい。7:20/kmくらいのペースで終える。

7/30
飲みすぎていて朝は走れず。雨も降っていた。 3時半から5x2。復路では、1kmを速めに走ってみたら5:00を切れなかった。500mをもっと速めに走って2:12秒くらい。180のピッチを何度かためしたがかなりしんどい。ちょっと気を抜くとダメだ。

8/7
6時半頃から。蒸し暑い。体調もあまりよくないので、3x2にする。体調が悪いと言っても飲みすぎである。昨日は走るどころか起き上がることすらできなかった。7月から走り始めてようやく軌道に乗るかと思われたが、飲み会によってまた生活が乱された。

8/13
3x2 体調優れず。右わき腹背中よりが突っ張ったように軽く痛む。酒の飲みすぎだろうか。

8/14
4km 5x2をやろうと思ったが、なんだかぞくぞくと寒気がしてきて危険を感じたのでストップ。川の反対側をゆっくり歩いて帰った。

8/15
5x2 快調。

8/16
5x2 昨日ちょっと飲んですっきり寝てないせいか、イマイチ。なんとか走りきる。体重が66kg、体脂肪率が 17.5%になった。ホントかな?

8/17
4 + 5 くらい。引地川沿いの自転車道で海へ行く。30分日光浴して帰ってくる。西側の道が自転車道。ヘトヘト。

8/18
4km。2時半スタート。無茶だったか。10Kmいくつもりだったが、4kmで力尽き、帰りも歩く。ちょっと疲れてきているのか。明日は休むか。

8/21
二日やすんでしまった。 今日は涼しくて10Kmを一気で。5kmまで31分、復路は27:17。楽勝。ちなみにニューシューズ、シャツ、パンツ。シューズはクッションがあまりないがすごく走りやすい。往路の2.5~3.5までの1kmを飛ばして4:33。体重68.1kg 体脂肪率18.1%。

8/27
右ふくらはぎを痛める。朝早く、体が起きてないうちにいったらなんか右足首に違和感があるなと感じていたら、1kmちょっといったところでビキン!となって即ストップ。しばらく歩けない。その日は歩くのも足を引きずる。 そして2週間たった今日、走ってみるといけそう。ノンストップで5km行くかと思っていたが、 3kmあたりで違和感が出始め、復路を開始直後にやめる。


2012年

2/9
16:10ごろスタート。 往路5km 34:10。復路5km 34:51。左ひざ痛む。ウインドブレーカー初装着。寒くも暖かくもなく。



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死を望む人の死生観

最近は死にたい気持ちがいっそう募ってきた。単なる慣用句また感動詞としての「死にたい」ではなく、本格的な「希死念慮」という奴である。

そしてまた自殺の方法を調べた。恐怖と苦痛が少なく迷惑もかけない死に方はないか・・・。

すると、2ちゃんねるの自殺未遂体験を語るスレッドが見つかった。
以前にもちょっと眺めたことはあるが、じっくり読んでみた。

多いのは薬物とリストカットと足がつく場所での首吊りだった。
失敗した原因は、同居人のいる自宅で遂行した、電話やメールで知人にほのめかすかあるいははっきり宣言して助けられた、恐怖で自殺を思いとどまった、などである。

共通しているのは、すべて自分が死ぬ覚悟ができていなかった、死ぬ恐怖に打ち勝てなかったということである。

自殺の話になるとまず言われるのは「自殺なんかしてはいけない。命は授かりものだ。」という自殺罪悪説である。それから、「自殺未遂なんて本気で死ぬつもりなどないのだ。死にたいのならとっとと死ね」という未遂に対する罵倒。そして、「何があったの?死ぬ前に誰かに相談すれば?生きてればいいことあるよ」という心配。

「自殺は素晴らしい」という人はまずいない。
だが、非常に潔く動機も生活苦などではない場合はそれが賞賛される場合もある。
乃木稀典とか、三島由紀夫とかである。

私はこの2人の自殺にも興味を持っていろいろと調べてみたが、あまり手放しでは賞賛できないような事実をいくつか知った。そして、2人の死について否定的な考えを表明している有名人も大勢いることを知った。



調べれば調べるほど、自殺というのは限りなく困難なもので、ほとんど不可能に近いと思えてくる。
ロープを用意し、山の中まで行って首を入れるところまでいってもやめてしまう人がいる。
薬の大量服用については、本人の意志に関係なく吐いてしまい、まず成功することがない。

未遂に終わった場合、「二度と自殺なんかしない」という人が多いが、中には「今度こそ」と考える人もいる。実際、自殺に成功した人は何度か未遂を繰り返した人が多いそうである。



私は自殺を試み未遂に終わる人たちがすべて本気で死のうとしていないとは思わない。
彼らは本当に絶望していて、生きることは苦痛以外の何物でもなく、死ぬしかないと思っている。
しかし、いざ死のうとすると苦痛と恐怖で思いとどまってしまう。

思いとどまるときに、たと…

グリーン車で横の席に荷物を置く人

私は常磐線で通勤しているのだが、最近朝がつらくて、
グリーン車に乗ることが多い。

私が乗る駅では、グリーン車は窓際はまず埋まっている。

窓際に人がいる隣の通路側の席に座る。


だが、そこにカバンを置いている人が非常に多い。

私はそれがとても頭にくる。というか、その神経が理解できない。


なぜそんなことができるのだろうか?

私は休日にもグリーン車に乗ることがあるが、

ガラガラでもとなりの席に荷物など置いたことはない。

なぜなら、グリーン車は有料だからだ。


距離によるが、550円とか770円とか、ランチが食べられるくらいの料金だ。


まあ、ガラガラであれば、カバンを置いても、私はしないが、まあ許せる。

でも、通勤ラッシュ時で、上野につくころにはほぼ満席になる常磐線のグリーン車で、

隣の席に荷物を置くのは許せない。

その荷物をつかんで放り投げたくなる気持ちを懸命に抑える。


時々、そういう人にむかって、「すいません」と言って席を空けてもらって座る人がいる。

謝るのは荷物を置いている方だろ!


そういうときに、荷物を置いている人が謝るのを見たことがない。

私は、絶対に謝らない。そこまでして座りたくない。


が、そういう人がいると、顔をじっと見る。

そうすると、だいたいどける。



最近わかってきたのだが、この行動は無神経であるとか気が利かないというのではなく、

隣に人を座らせたくないので故意にやっているようだ。


なんという、利己的な行為だろう。私はそういう行為が本当に嫌いだ。


私も、なるべく隣に人がいない席を選ぶ。隣に人が来て欲しくないという気持ちはわかる。

でも、だからって荷物を置いて座らせないようにするなんてことは絶対にできない。

そんなことまでしたくない。


昨日は、隣の席に荷物を置いて寝ている人に、「すいません」と声をかけている人がいたのだが、

寝ている人は2、3度声をかけられても起きなかった。

多分、気づいているのに起きなかったのだろう。



私は振り返って、その人がどんな顔をしているか見た。

年齢は私よりやや上、50歳前後だ。

上着を着ずにワイシャツとスラックスの、ごく普通のサラリーマン風の男性である。


特にバカそうでもズルそうでもダメ人間でもだらしない感じでもない。

でも、そういうごく普通の人間が、このような利己的な行為をするものなのである。

これは静かなる暴力と言ってもいい。


キンタマを掴まれる

この話はツイッターで言いたかったのだが、どうしても「キンタマ」と書く勇気が出なかったのでこっちに書く。

私は猥談が嫌いだ。
猥談なんかしていたのは高校生まで。
わけあって私は一切猥談をしなくなった。
飲み会でもしない。飲み会でそういう話題になると貝になる。

そして、「キンタマを掴まれる」という言葉には性的な意味はない。
それは常識かもしれないがやっぱりキンタマなどという言葉を口にすることははばかられる。
わたしも「キンタマ」などという言葉を思い出したのは久しぶりで、懐かしささえ感じた。

なんで思い出したかというと、夢の中でキンタマを掴まれたからだ。
その夢では、わたしは背後にぴったりと誰かが張り付いているのを感じていた。
それは見えないし、ぴったりではあるがそっとなので気のせいかなと思うくらいだ。
だが、間違いなく張り付いていると確信した。だが、それを自分で払いのけることはなぜかできない。

そこで、近くにいた知り合いと思われる人に、「ちょっとこれはがしてくれない?」と頼んだ。

それを頼んだときに掴まれたのか、その前から掴まれていたのかわからないが、
その背後にはりついていた何者かがわたしのキンタマを掴んでいた。
とても痛かった。その痛みは鋭いものではなく、鈍く、重いものだった。

そして結局背後にいるものがはがされないまま、目が覚めた。
その目が覚める瞬間に、キンタマの痛みもすーっと消えていった。
そして、わたしは「あ、これは自分が作り出している幻覚にすぎないな」ということがわかった。