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2012年3月19日月曜日

雇用されて

転職をした。私は最近数年、個人事業主として働いていた。だが、それはあくまでも契約上の話で、やっていることは回りにいる雇用されたサラリーマン達となんら変わりなかった。社会保険も雇用保険も加入せず、退職金もない。「給料(雇用されていないので厳密には給料ではない)」は同年代同業と比較してやや少ないくらいだったから、サラリーマンとして働いていたらかなりの薄給に相当するだろう。それが私に対する社会の評価なのだ。

私はもっとカネが欲しかったし、仕事の内容にも不満を持っていた。忙しすぎるとかつらいとかいうことではなく、つまらなかった。やりがいもなかった。それまでの仕事をやめて、求職活動をした。本当は、辞める前に求職活動をし、転職先が決まったら辞める、という手順を踏むべきなのはわかっている。だが、私はどうしてもそれまでの仕事を続けたまま求職活動をする踏ん切りがつかなかった。辞めなければ、本気になれないと思った。というか、それまでの仕事にもう限界を感じていたので力尽きて辞めたというのが本当かもしれない。

求職活動は難航した。とりあえず短期の仕事をしたが、なんだかわからないが激しいストレス、違和感、歯がゆさ、物足りなさなどを感じた。その仕事を終えて再び求職活動をしたがロクな仕事が見つからない。それは景気がどうこうではなく、主な理由は私自身のキャリアと年齢によるものだと思う。また、仕事が見つかってもどうやら面談で私は悪い印象を与えるようだった。もしかしたら酒臭いこともあったかもしれない。私はその頃ひどく酒におぼれていて、睡眠も不定で、精神的にも不調であった。

そんな日々が3ヶ月近く続いて、ようやく仕事が決まった。しかも、まったく考えていなかった正社員としての雇用であった。正社員として雇用されるということはよいことのように聞こえるかもしれないが、私にとっては敗北したようなものである。私はもう死ぬまで個人事業主でやっていこうと思っていたところであった。年をとってもどんなことをしても働き続けてやろうと思っていた。会社員になって退職金や年金を期待して悠々自適な老後をすごそうなどという気はさらさらなかった。

今はもう、正社員になろうと悠々自適な老後を送ることのできる人などごく一部だろう。その人々も、その快適な老後の生活の為に自分の会社の他の社員、主に若い社員たちを冷遇したり非正規雇用の労働者を使ったりしなければならない。私も会社員になったら、自分がカネを稼ぐには会社に貢献するというよりも自分以外の社員を自分より低い待遇になるように仕向けなければならない。

私はいまだに、カネを稼ぐということの意味がわからない。働いて報酬を得ることのできる根拠がわからない。会社という団体の存在意義がわからない。個人事業主でもアルバイトでも、誰かの求めることをして報酬を得るのは同じだとは思うが、やはり正式に「雇用」されるというのは何かが違う。会社に雇用されてしまうと、私は先ほども言ったが「敗北感」を感じる。なんというのだろう、可能性を閉ざされるというか、将来を盗まれるというか、本音を押し込められるというような。