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2012年8月27日月曜日

休みたければ休もう

「こころの病」などと呼ばれる、「うつ病」、「境界性人格障害」、「統合失調症」など・・・。

こういう病気について、よく「誤解が多い」などといって医師がどういう病気か、どうやって治療するか、何をすべきで何をすべきでないかなどを説明しているのをよく見る。

その一方、「こころの病気などない。全部甘えだ」という、一般人の意見も非常によく見る。
どちらの意見も、聞いてみればもっともである。


私はあるときは医者のいう事に賛同し、あるときは否定論に同意した。

しかし、これほど多くの人に長い間根強く否定されていることは、もはや「誤解」ではすまされない。
これは誤解ではなく、「不可解」というべきだ。


まず感じるひとつの疑問であるが、神経伝達物質の減少(あるいは過剰)を調整するクスリを投与することにより治療するというのをよく聞く。

だが、もし本当にそれが原因であるなら、その病気は「こころの病気」ではなく、「神経の病気」あるいは「脳の病気」と呼ぶべきではないだろうか。

また、その「神経伝達物質の減少」というのは、病気の状態、結果にすぎないのではないか。熱が出たときに熱を下げることは治療ではないように、神経伝達物質を調節することは治療ではない。

など。


その辺の説明はお医者さんたちに任せるとして、
私はうつ病などの人々に対する接し方にも疑問を感じる。

よく言われるのが「『がんばれ』と言ってはいけない」ということである。疲れて動けない人に気合で動けというようなものだからいけない、というのはわかるが、このことが少し拡大解釈され、今では普通の人にさえ「がんばれ」ということがタブーになっているような雰囲気すら感じる。

仕事が忙しいとき、何か困難があったときに「がんばれ」と励ますことは「精神論だ』などといわれて嫌な顔をされる。もちろん、その「精神論」というのは否定的な意味だ。いまや精神論を語ることは日本ではタブーとなってしまった。



それからもうひとつ、「がんばれ」というのよりもっと危険だと思うのが、「あなたは病気じゃない」という言い方。私はこういうことを言う人をよく見てきた。こういう事をいうのは家族とか、ごく親しい人、職場の人間などその人のことをよく知っている人がよくいう言葉だ。似たものに「世の中にはもっと大変な病気を抱えている人がいる」という言葉がある。


本人は不安や無力感や恐怖など、なにかに押しつぶされそうになっている。医者に行くとあなたは病気であるといわれ、仕事を休みクスリを服用するように言われる。そんな人に「あなたは病気じゃない」ということは熱を出して寝ているひとに「カゼくらいで休むな」というようなものである。


こころの病は見た目は病気のように見えないことがある。しかし、この病気の恐ろしさは高確率で自殺をするところにある。最初にいろんな病名をあげたが、要するに全部、「死にたくなる病気」と言える。こんなに高確率で死ぬのは、医者としては病気として扱わざるを得ない。


ですから、この手の病気の人と接するときは、とにかく自殺をさせないことだ。罪悪感を感じさせないこと。私は自殺のもっとも大きな理由は罪悪感だと思う。「おまえは病気じゃないのに病気といって休んでいる」ということは、非常に大きな罪悪感を背負わせる。



べつに、仮病だっていいじゃないか。
あなただって、二日酔いとか、どうしても起きれなくて仮病で休んだことが一度や二度はあるだろう?


たかが仕事じゃないか。たかが学校じゃないか。
数ヶ月でも数年でも、どうしてもいけなければ休んでいればいい。
世の中仕事がない人であふれてるそうだから。
高いお金をだして塾に行って受験料を払って学校に競争して入るんだから。

あなたの代わりに働いて、学校に行ってくれる人なんかいっぱいいるさ。