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2012年8月24日金曜日

新大久保

私は週末などによく新大久保駅を利用する。

新大久保駅というのは、歌舞伎町から新宿とだいたい等距離ぐらいの場所にある。

この前、とても混雑していたので駅員に「何かあったんですか?」と聞いたら、「韓流ブームです」と言われた。

私が新大久保を利用するようになってから、日に日に利用客が増えていると感じる。

周辺の道路も整備され、新しく信号ができたりした。



新大久保といえば忘れられない事件がある。

もう10年くらい前になるが、新大久保駅のホームから人が転落し、それを助けようと2人の人がホームから降りて、3人とも亡くなった。

私は自分がよく利用するあの駅で起きた事件ということで非常にショックであった。

そして、人身事故はしょっちゅう起きているが、落ちた人を助けようとする人など滅多にいないのに珍しいなとも思った。

助けようとした一人は日本人、もうひとりは韓国人だったという。

新大久保周辺はコリアンタウンであり、歩いていると半分かそれ以上が韓国人である。



3人もの人がなくなった痛ましい事故現場というのは、なんだか縁起が悪いというか近寄りたくないと感じるものだが、この事件に関してはそういうことが一切ない。

わたしは新大久保駅に降りるとこの事件を必ず思い出すが、あまり嫌な気分にはならない。

なくなった方、その遺族の方にしてみればつらい記憶であろうが、
でも、その死というのは非常に尊いものである。

人の命を救おうとして、自分の命を顧みずに飛び込んだ。



不幸な出来事があった場所というのは、さびれてしまうのではないかと思う。
殺人事件があった家とか、住人が自殺した部屋などには誰でも住みたくないだろう。

でも、新大久保駅は、あれから10年経って、人であふれかえっている。
あの事故の影響がないどころか、むしろあの事故によって新大久保駅が活性化されたかのようにすら思える。

こんな言い方は亡くなった方に失礼だと思われてしまうかもしれないが、
私はまったく悪気はなく、そのように感じる。


この事故では結局、落ちた人を助けることはできなかった。

もし、2人が線路に下りずにいたら、2人は自分の人生を歩み、仕事をし、家族とすごし、
自分にも他人にも、幸せをもたらしただろう。

その人生が絶たれてしまったことは悲しい、かわいそうなことである。


でも、「2人は線路に下りるべきではなかった」と言えるだろうか?

2人の行為は愚かなことだっただろうか?



さいきん、駅のホームに柵をつくったり、青色LEDを灯したりなど、
人身事故(飛び込み)を防ぐ対策がなされているが、

どんな柵をたてようと死ぬ人は死ぬ。

そういう人がいた時に、近くにいた人がその人を助けようとして一緒に飛び込む人がいる。


今のところ、電車に飛び込む人を引き止めることができるとしたら、
そういう人たちの存在しかないのではないか。