ad

2012年9月23日日曜日

労働と価格

利潤の源泉は何か?

マルクスはそれは「剰余労働である」と言ったそうだ。
そして資本化がそれを搾取しているのだと。

これには同意しかねる。


そもそも、労働と価値の間にはなんの関係もない。

1年かけて苦労して作り上げたものと、10分で鼻歌まじりに作ったものと、
どちらが高く売れるかは、需給関係による。

ここでいう「価値」とは価格のことである。

「そのものの本当の価値」などというものは数字では表せない。

たとえば芸術品。
私は芸術品には経済的な価値はゼロだと考えている。

もちろん、芸術品の価値は認める。
だがそれは経済的な価値ではない。

高く売れるもの、多く売れるものが芸術的に価値があるとはいえないということは、
誰でも同意してくれるだろう。

しかし、「経済的な価値がまったくない」とまで言うと、「それはいいすぎじゃないか」
と言われるかもしれない。

まあ、それは置いておいて。



労働と価値の話に戻る。

もう一度言う。労働量(労働時間)と価値(価格)の間にはなんの関係もない。
だから、「必要労働」「剰余労働」などという考えは成り立たず、「利潤は剰余労働から生まれたもので資本家はそれを搾取している」という考えも成り立たない。



そもそも、時間で人(の労働力)を買う(測る)ことがおかしいのだ。
おかしいというか、これは便宜上そうしているだけである。

「1日8時間働いたら8000円払う」と決めただけだ。
「1時間の労働に1000円の価値がある」とも言えない。

「時給」というのは、600円から3000円くらいだろうか。

時給換算するともっと稼ぐ人はいるが、そうなると時給では換算しない。
そこにも、「労働時間で価値は決まらない」ということが現れている。

ごく単純で特別な技術を必要としない仕事であれば、時間で価値を測れるが、
そちらの方が例外なのである。




だから、「俺の労働に対して不当に安い賃金しか支払われていない」と怒るには、
他人との比較、自分の前年の賃金との比較などによって訴えるしかない。

労働時間や、その困難さ、疲労度などから正当な賃金を算出することは不可能である。

となると、労働者と資本家の間の交渉でしか賃金は決まらない。
労働者は賃金が安すぎると思えば働かなければいいし、資本家はどうしても働いてほしければ賃金をあげる。

その2者間の交渉でしか賃金は決まらない。そこに商品を購入する人の判断は関係しない。

だから、繰り返すが、労働と商品価値の間にも直接の関係は成り立たない。



もし、折鶴を一羽折ると1個10円で売れるとする。
そのとき、100羽折ると1000円になるし、1000羽折ると10000円になる。

しかしそれも、折鶴が1羽10円という価格があっての話である。
価格というのは今度は買い手と売り手の間の交渉であり、それ以外の事情は関係ない。

売り手が、「この鶴を折る人に1羽あたり5円払わないといけない」などと言っても、
買い手には関係ない。
逆に、どうしても欲しければ1000円でも出す。
そして、そのときに1000円で売れたからといって、資本家は労働者にそれに見合った賃金を払う必要もない。