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2012年10月16日火曜日

空っぽの自分

自分が空っぽになっていくような感覚がある。

それは、たとえばスポーツ選手が大会で負けてしまったとか、
何か大きなイベントがあって気が抜けたとか、
そんなものではなくて、もっとあいまいでもやもやしていて、
『なんかヘンだな』と感じるくらいの軽い感覚である。

別につらくもないし、不安であるとか焦るとかいうこともない。
ただ、人間はこんな状態でも生きていられるのか、いや、生きていかねばならないのか、
と、ちょっと唖然とする。

とりあえず、さしせまってやらねばならないことは何もない。
自分を急かすものも、自分を待っているものも何もない。
私はまるっきり自由だ。何をしても誰も何も言わない。私は完全に自由である。

しかし、私は何もする気にならない。元気がないというより、空っぽなのだ。
空っぽというのは、たとえば電池がないとか、エネルギーが切れたというのでもない。
自分の中にあった何かが消耗したという感じではない。それであれば、休むとか、
エネルギーを補給すれば回復するだろう。

困ったことは、本が読めないことだ。
何を読んでも頭に入ってこない。小説を読むと、たしかに字を追ってページもめくっているのに、
全然話の内容がわかっていない。どうでもいい昔のことを思い出したりしている。
ふと気づくと小説の登場人物が激しく怒ったり、どうしようもない状況に悩んだりしているのだが、どうしてそうなったのかがわからない。

絵を描いてみる。ギターを弾いてみる。キーボードを弾いてみる。
何も生まれない。誰かの作品をマネてみる。なるほど、すごいな、と思う。
とても自分にこんなものを創作することなどできないと、呆然とする。

今まで自分は何をしていたのだろう?
私だって、我を忘れて何かをすることはあった。気が付いたら一日が終わっていた、
あれ、もうこんな時間か、今週はあっという間だったな、ということもあった。
時間がない、あと3日しかない、3日じゃ無理だ、とあせることもあった。

だがそんな自分はもういない。私は空っぽの人間である。

酒のせいだろうか?
確かに私は特に最近は、いつも酒を飲んでいた。
夜はもちろん、週末は昼間から、下手をすれば朝から酒を飲んでいた。
酒を飲むとなんとなく楽になった。もしくは体がだるくなり、眠くなり、
何もできなくなって、あるいは苦しく不快になって、それが回復することだけを考えていれば、
時間はすぎ、なんとなく生きている感覚があった。

今はシラフだ。多分、この空っぽになる感覚はアルコールに依存していた自分が、
依存するものを失って戸惑っている状態だろう。

しかし、アルコールを抜いただけでこんな風に虚脱状態になってしまう自分自身とは一体なんだろう。やはりそれは問題ではないのか。もちろん、この状態で酒を飲んで酩酊し、
我を忘れてなんとなく時をやりすごす生活にもどることが解決ではないが、
だからといって正当な解決方法があるわけでもない。

酒をやめて数ヶ月程度暮らすことは最近でもあった。
やめたときにはやはりちょっと戸惑いというか、今までの自分に対する嫌悪や羞恥に苦しめられることもあったが、すぐに慣れ、酒をやめたことで自分が健康になり正常な判断力が帰ってくることもわかって、少し誇らしくなったりする。

酒を飲むと眠れるような気がするが、実は飲まないほうがよく眠れて寝覚めもよい。
余計なものをダラダラ食べることもないし、悩んでもしょうがない過去や未来についてあれこれ考えることも少なくなるし、変に怒りっぽくなったり、自己嫌悪に陥ったり、被害妄想にかられたりすることもない。

酒をやめると平穏そのものだ。

だが、それにもすぐに慣れる。酒をやめると、悪癖から抜け出して何もかも解決したような気になるが、実は自分のダメさも、世の中のどうしようもなさも、飲んでいようとシラフだろうとあまり変わらないのだ。

酔っているときの幸福がニセモノであるのと同じくらい、シラフになったときの自分の正常さもニセモノなのだ。