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金魚の葬式



もう、そうするしかなかった。絶対にやってはいけないとずっと考えていた、それだけはやってはならないと考えていた最悪の選択だった。卑怯者、親不孝、弱虫、無責任、無気力、人間のクズ、あらゆる罵詈雑言が降りかかってもそれを払いのけることすら許されない、人として最低の行為だとは、自分でも十分に自覚していた。それまでにも何度か、何度も、彼がそれを実行しようと思ったことはあった。どうしてそれを思いとどまり、あるいは怖気づき、遂行に至らなかったのかは彼自身も覚えていない。しかし、彼が何度もその危機をやりすごした後に感じた自分の滑稽なほどの浅はかさの自覚が、そのうちに発作が起きると同時に思い出されて、有無を言わせず彼を制して、思い留まらせた。そのうち彼は、ときどき起こるその発作に慣れてしまい、また例のやつか、と、慢性の神経痛か何かのようにやり過ごすことができるようにさえなっていた。自分はもうこの発作がどういうものかわかっている。どれほど軽率で一過性の、取るに足らないものであるか。盛り場のポン引きのような、ゴミ捨て場のカラスのような、鬱陶しいものではあってもそれはそこにはつきものの、深く関わりさえしなければ致命的な事態になることのないものであると。彼がそれを避ける時にしていたことは主に飲酒であった。飲酒はその頃彼にとって、時間をすすめる動力のようなものとなっていた。もはや酩酊することなしには彼は今日という一日を終えて明日というまた別の今日を迎えることができなくなっていた。飲酒というものも、彼には不本意な行為であった。酒は彼にとっては嗜好品ではなくドラッグであった。彼は飲酒している時に、飲酒を開始するそのときに、自分が酒はドラッグであることを自覚していることにより飲酒を許されていると思っていた。世間の人々は、彼以外の人々は楽しみから飲酒している。飲酒に美味を求めている。適量をのみ摂取して翌日の生活に差し支えがない程度に慎重に摂取している。彼にはそのような制限をさせるものはなかった。彼が飲酒をやめるときは、もうそれ以上飲めなくなった時でしかなかった。これ以上飲んだら明日起きられない、と考えて止めることなどなかった。もし飲み過ぎて起きられなければ職場に電話を入れて体調不良なので休みますと言えばよかった。彼は一見勤勉なサラリーマンであったが雇用されるサラリーマンではなく、個人事業主であり、社会保険にも厚生年金にも雇用保険にも加入していなかった。といっても彼はサラリーマンと同じように、月曜日から金曜日まで、9時ごろから7時ごろまで、実際にサラリーマン達と机を並べて、まったく同じような仕事をしていた。彼は、自分がサラリーマンではなく個人事業主として仕事をしていることも、飲酒や、これから実行しようとしている最悪の行動についてと同様、ある種の自負というか矜恃に基づいていた。個人事業主という生き方も、決して楽でも賢明な生き方でもなかった。彼はどうしても個人事業主になりたかったわけではなかった。彼も最初は会社員として社会人生活を始めた。しかしその居心地の悪さ、自分がいるべきではない場所にいるというほとんど後ろめたさといっていい感覚は強烈で、数年経つうちに彼はいつのまにか個人事業主になっていた。彼がまだ会社員であった頃、彼はよく想像していた。川沿いの古びたビルの一室で、薄汚れた地味なスーツを来て、昼下がりに窓から下を見下ろして、ドブのような川の流れや、その脇の道を歩く小学生達の歩く姿、行き交うバイクや車などを眺めながらタバコをふかしている自分の姿を。その一室は彼が借りた事務所であり、机の上には電話が一台置いてあるだけで他に何もない。彼は電話を待っているのだが久しく鳴ることがない。だが彼はのんびりと窓の外を見下ろしてタバコを吸う余裕があるのだった・・・。彼は今、川沿いではないが近くに川のある、個人事業主だから事務所とも言える家賃62千円のワンルームマンションに住んでいた。実際に、彼は確定申告で家賃と光熱費の三分の一を経費として計上していた。個人事業主であるから会社員ではなかった。彼は誰にも雇用されず、自分でも仕事を探し、自分の意志でそれを終えることができた。タバコはずいぶん前にやめていた。自分がしたくないことであればやらなくてもよかった。儲からないことであっても、自分がやりたければいくらでもやることができた。そして彼は自分がやりたいことをやり、したくないことはしないでいた結果、ついには死ぬことにしたのだった。彼は自分を特別な人間であると考えていた。幼少の頃から、彼は自分が他人とは違うということを強烈に感じていた。それは単に特殊であるということではなく、優越した存在であるという自覚だった。実際に彼は周囲の人間から優秀であると一目おかれることが多かった。しかしそれもごく一時期のことで、彼は世間的な優秀さを徐々に失っていった。そうなっても彼は自分の他人からの優越を否定することはできなかった。自分の優越はたとえば有名大学に入学するとかスポーツや芸能などの特殊な技能に秀でることではなく、もはやそれが優越だと常人には理解できないような存在であると考えるようになっていたが彼が特別な存在であるとは誰も認めてくれなかった。彼は神を信じていた。いつからであっただろうか?彼は自分が神を信じていることが特殊であるとは考えなかった。自分が特殊であり他人より優れているとは考えていながらも、神を信じていること、神というものを理解していることがその根拠であるとは考えなかった。彼にとって神というものはごく自然な、当たり前の存在であったが、周囲の人間にとってはそうではなかった。彼が接する人々はことごとく神を嫌悪していた。信じないだけではなく、多くの場合諸悪の根元とされていた。彼はそのような人々に囲まれて育つうちに、神に憐れみさえ感じるようになっていた。彼は幼い頃、練馬区にあるの父の社宅で暮らしていた。その近くに住んでいた漫画家がクリスチャンで、日曜日に教会を開いていた。教会など好き勝手に開けるものかどうかわからないが、とにかくその時、彼はその漫画家の家が教会であると認識した上でそこを訪れたのである。そうであれば彼は教会に行ったといって差し支えあるまい。そこで彼は、アダムとイブとか天地創造などの話を聞いた。そしてそれらの話について、彼は何の抵抗もなく深遠な真理として貴重なお話だと受け取ったのであった。


2

それから私は幼稚園、小学校、中学校に通い、授業を受けて給食を食べて、家に帰り、公園で野球をして、家でテレビを見て夕食をとり、学校であったことなどを食卓で語り、夜9時ごろに寝る生活を続けていた。その頃には私は退屈を感じることはあっても生きることに絶望することなどなかった。その都度の食事や睡眠やテレビ番組や漫画や童話などに夢中になっていたのである。私が神と再会したのは高校3年生のある朝であった。私はその頃すでに酒やたばこを覚えていた。勉学にも身が入らず、これから先どうやって生きて行こうかまったく先の見えない毎日であった。その朝、いつものように高校の門を入ろうとするとその前に人が立っていて、小さな冊子を配っていた。その冊子はあまり見かけないサイズの小さな横長の、10ページほどのものであった。そこには絵と文字で人間の堕落と神の必要性が説かれていた。そこには酒を飲み傲慢になり色に耽り他人をののしる堕落した人間の姿が描かれていた。それはその頃の私そのものであった。その日、私の通っていた高校の生徒達は休み時間にその冊子をあざ笑う事に終始していた。それは放課後まで続いた。私は一人の友人に外人が話す片言の日本語風に「アナタハカミヲシンジマスカ?」と聞かれた。私は「僕はずっと信じてました」と答えた。友人はその後何も言わなかった。同じような事を別の友人にも聞かれた。同じように信じていると答えると、その友人は私の頬を軽く叩いて、「ほら、左頬もだせよ?」とおどけた。私は何も言わずにニヤニヤして、友人も左頬を叩くことはしなかった。このようなことが他にも何度かあった。そして私は必ず、自分は神を信じていると告白し、目の前にいる人を困らせた。だが、ある日初めて自分が神を信じていることに喜ぶ人と出会ったのである。

「・・・いくらか気が済みましたか、青山さん。」
私の告白を聞いていた男は静かに微笑んで言った。
「すみません、なんか一方的で、抽象的で、自分を正当化しっぱなしのようで、自分でも恥ずかしいです・・・。」
「いいえ、そんなことないですよ。あなたも勇気がいったでしょう、そこまで言うのは大変だったでしょう。」
私は黙っていた。
「死ぬということについては、もちろん私は反対します。ただ、なぜ死んではいけないのか、どうなってしまうのか、それはあなたは十分わかっていらっしゃる。だから、いくら私があなたを思いとどまらせようとしても、納得していただけないであろうことはわかっています。」
私は言った、「いや、わかっていないんですよ、私は。わかっているつもりでいたんですが、やっぱりわかりません。私が死ぬのはただ、辛いからです。ビルが火災になったときに、死ぬとわかっていても窓から飛び降りる人のように、そうしてもなんの解決にもならないけど、そうせざるを得ない、それと同じことなんでしょう。」
「私は今までにも自ら命を絶とうという人にそれをやめさせるように説得を試みてきましたが、成功したのは数える程です。私が熱心に止めようとするほど、その人はそれに歯向かうかのように頑なになってしまうのです。」
「やはり、皆さん、悪いことだとわかっていながら、そうするのでしょうか?」
「そうですね。私が説得するまで悩むような人の場合はそうです。しかし、私がするような説得は、皆さん嫌というほど聞かされているんですよね。聞かされているというか、自ら、なぜ死んではいけないのかということを探し求めてさえいるんですね。あなたもそうでしょう。」
「はい。ですが、改めてお聞きしたい。それは非常に困難なことだとは察しがつくのですが、あなたが一番おっしゃりたいことを、聞かせてもらえませんか?私も、何か決定的なというか、新しいというか、自分の想像を超えるというか、そういうことを伺えたら、思いとどまるかもしれません。」
「そうですか。では、お話させてください。人が死ぬとどうなるのかという事は、今でも地上に、地上という言葉も誤解を生みかねない言葉ですが、現世とかこの世とかという意味です、地上に生きている方には、どう説明しても理解するのはほとんど不可能です。譬え話をするしかないのですが、もう皆さん聞き飽きているような譬え話しかないので、聞いてもらえません。特に青山さんのように自殺自体は否定的に考えていて、死後の世界についても素直に受け取ることのできる方には、もう話しても無意味でしょう。青山さん、あなたになら誤解されることはないと思いますので言ってしまいますが、自殺するのと病気や事故で死ぬのとで、死後の状態はそれ程大きく変わらないのです。」
「それは、聞いたことがあります。」
「ですが、それは死後の話です。私が言いたいのは死後のことではなく、現世のことです。自然死も事故死も自殺も、死後どうなるかにはほとんど影響はないのです。しかし、人が生きてできることは、言うまでもありませんが、今死んでしまうのと、あと20年、30年生きるのとでは、計り知れない違いがあります。青山さんも、思い当たるでしょう。1年前、いや、つい昨日まではまったく知らなかった未知の世界、見たこともない美しいもの、楽しいこと、素晴らしい人との出会いなどがあったのではないですか?私が言いたいのは死後の世界がどうこうということより、そちらの方なのです。あなたが今死んでみずから人生を終了させることによって変わるのは、死後ではなく、生前なのです。」
「それは・・・・当たり前すぎるくらい当たり前ですが、死のうとする人に対してはあまり言われないことですね。・・・・今思ったのですが、もしかして、死後の世界というのは、現世とあまり変わらないのではないですか?というより、人はもしかして、私は、今までにも何度か死んでいるのではないですか?私はそんな気がしてならないのですが?」
「いいえ。人は死ぬと全く新しい世界へと旅立ちます。それはこの世とははっきりと区別された世界です。亡くなった人とはいっさい交流できなくなりますね?全く別の世界に行ってしまうのです。あなたはもう理解されていると思いますが、現世とは修行の場所ではありません。現世でいくら善行を積もうと、悪行を犯そうと、それによって次世が変わることはありません。現世の行動の結果は現生で報われます。」
「では、現生とはなんなのでしょう?なぜ我々は生きて苦しまなければならないのでしょう?どうして自ら命を絶とうと思い詰めるまで生きねばならないのでしょう?」
「あなたは、自殺した人が死にきれずに死んだ後も何度も自殺を繰り返すという話を聞いたことがありますね?」
「はい。太宰治の魚服記、それからYOUTUBEで見た、幸福の科学が作成した飛び降り自殺した女性タレントの話などがそうですね。私はこれらの話はよくわかるような気がします。もし死ぬことによって別世界に行ったとしても、自分が変わらなければまたその別世界でもさらに別世界に行こうとする・・・。それは想像できます・・・。」


3

「いや、いくら嫌だと言っても、あなたの寿命はもう決定しています。それはあなたはもちろん、私自身にさえどうすることもできません。」
「なぜ寿命が定められるのですか?なぜ、その人の努力次第で寿命を延ばすことができないのですか?」
「あなたの寿命はあなたの今までの人生によって決まったものです。それは長ければよいのでもなく、短ければあなたの人生が、あなたの存在が否定されるというものでもありません。寿命を決定するのは、あなたの能力、性格、社会における役割だけでなく、あなたが出会った人から受けた感情や精神や肉体的なものまですべて含んだ影響にも左右されます。いくらあなたが今努力してもどうにもならないこともあるのです。」
「ああ、怖い。私は死ぬのが怖いです。人は死ぬとどうなるのでしょう?生前の行いによって裁かれ、来世の行く先が変わるのですか?私は地獄へ行くのでしょうか?それとも人は死ぬと無になるのですか?地獄へ行くくらいならその方がいい。天国・・・。天国などというものがあるのですか?私は天国に行く資格などありますか?天国とはどんな場所なのでしょうか?天国へなど行かなくてもいいからもう少し生きさせてもらいたい。一体私はこれからどうなるのですか?」
「あなたが死後どうなるのかは、私にもわかりません。ただ、私に言えることは、死ぬことを怖れることはない、ということだけです。私はそれを告げるためにあなたのところへ来たのです。」
「一体、どうして人は死を怖れるのですか?それが怖れるべきものでないのなら、どうして人はそれを怖れるのでしょう?怖れる必要がないなら、人は自ら死ぬことも許されるのではないですか?そんな事は卑怯ではありませんか?」
「人は自ら死ぬことも許されています。あなたもたくさんの人がみずから命を絶っていることを知っているでしょう。みずから命を絶つことは、あなた方が感じるように、悲しいことです。あなたがおっしゃったように卑怯である場合もあるでしょう。それはまったくその通りです。人の死というものは、あなたが認識しているままのことです。それによって来世がどうこうなるものではなく、あくまでも死というのは今あなたが生きている生の終焉を意味するものでしかありません。死によって定まるものは生前であり、死後ではありません。」
「ではなぜ寿命というものがあるのですか?私の生が、それで定まってしまうなら、私はどうすればいいのですか?」
「あなたの生はもう確定したのです。あなたは十分に生きたのです。あなたは今、あらたなるステージに旅立つ準備をしています。今あなたがすべきことは何もありません。あるとすれば、ただ待つことです。あなたはその日に十分に働いて心地よい疲労に包まれて寝床につく人のようなものです。何も心配することはありません。」


4

私は8月に運転免許症を更新した。その日は小雨が降っていた。私は普段自動車を運転しない。自動車を持ってさえいない。実際には運転免許症など必要ないのであるが、現在日本で生きていくなら免許証は身分証明書の代わりになるので、持っているのが当たり前とされている。交通事故の恐ろしさを教える1時間程の映画を見て更新された新しい免許証を受け取り、小雨の降る中を帰った。自宅のそばで祭があった。雨なので人は少なかった。私は金魚すくいをすることにした。白いプラスチックの容器に赤い小さな金魚を掬って入れた。自宅に持ち帰るためにビニール袋に移して酸素を注入してもらった。自宅に着くと私は掬った8匹の金魚をベランダに置いてあったバケツにあけた。水が少なかったので金魚がバケツの中でピチピチと跳ねた。私はバケツを傾けて、金魚が水に浸るようにした。そして部屋にあったペットボトルの空き瓶を二つ程持っていつも持ち歩いている頭陀袋のようなショルダーバッグに入れ、自転車に乗って境川へ行った。川は雨が降ったので増水して流れが速くなっていた。境川沿いの自転車道を上流に向かって走った。川の水を取ろうと思ったのだが川沿いの道でも水が採れるような場所はなかなかなかった。自転車を3km程漕ぐと、ようやく川岸に降りる階段があった。私は持ってきたペットボトルに川の水を汲み、タッパウェアに階段にたまっていた砂を入れて持ち帰った。バケツに川の水と砂を入れ、斜めにしていたバケツをまっすぐに置いた。砂で濁った水の中で金魚の赤い体がちらりと見えた。そして私は近所のホームセンターへ金魚を飼う為の水槽を買いに行った。サイズがSML3種類あって、SMのどちらにしようか散々迷った挙句、Mサイズの水槽を選んだ。水槽にはエアポンプやカルキ抜きの薬などがセットになっていた。水槽を持ち帰って水を入れ、カルキ抜きの薬をいれた後、ポンプを動作させた。園芸用の土をいれていたので水は濁っていた。金魚を入れるにはまだ早いと思い、そのままにしてまた別のホームセンターへ行った。ペット用品のコーナーで、金魚鉢にいれる砂利、水温計などを買った。部屋へ帰ると水槽の水は透明になっていたので、バケツから金魚を水槽に移した。その夏、私は金魚を10匹殺した。祭りで掬った金魚は8匹だったが、その後近くの店で2匹の金魚を買い足し、それも死んだ。私は金魚の死体をすべて、植木鉢の土の中に埋めた。盆休みで一週間仕事をしなかった。その年は父の七回忌であったが私は法事を欠席していた。盆くらいは墓参りをしようかと思ったがなんとなく億劫でそれもしなかった。その盆休みのある夜、私はホームセンターで安い線香を買ってきた。そしてその線香を金魚の死体を埋めた植木鉢に10本さして、火をつけ、手を合わせた。

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死を望む人の死生観

最近は死にたい気持ちがいっそう募ってきた。単なる慣用句また感動詞としての「死にたい」ではなく、本格的な「希死念慮」という奴である。

そしてまた自殺の方法を調べた。恐怖と苦痛が少なく迷惑もかけない死に方はないか・・・。

すると、2ちゃんねるの自殺未遂体験を語るスレッドが見つかった。
以前にもちょっと眺めたことはあるが、じっくり読んでみた。

多いのは薬物とリストカットと足がつく場所での首吊りだった。
失敗した原因は、同居人のいる自宅で遂行した、電話やメールで知人にほのめかすかあるいははっきり宣言して助けられた、恐怖で自殺を思いとどまった、などである。

共通しているのは、すべて自分が死ぬ覚悟ができていなかった、死ぬ恐怖に打ち勝てなかったということである。

自殺の話になるとまず言われるのは「自殺なんかしてはいけない。命は授かりものだ。」という自殺罪悪説である。それから、「自殺未遂なんて本気で死ぬつもりなどないのだ。死にたいのならとっとと死ね」という未遂に対する罵倒。そして、「何があったの?死ぬ前に誰かに相談すれば?生きてればいいことあるよ」という心配。

「自殺は素晴らしい」という人はまずいない。
だが、非常に潔く動機も生活苦などではない場合はそれが賞賛される場合もある。
乃木稀典とか、三島由紀夫とかである。

私はこの2人の自殺にも興味を持っていろいろと調べてみたが、あまり手放しでは賞賛できないような事実をいくつか知った。そして、2人の死について否定的な考えを表明している有名人も大勢いることを知った。



調べれば調べるほど、自殺というのは限りなく困難なもので、ほとんど不可能に近いと思えてくる。
ロープを用意し、山の中まで行って首を入れるところまでいってもやめてしまう人がいる。
薬の大量服用については、本人の意志に関係なく吐いてしまい、まず成功することがない。

未遂に終わった場合、「二度と自殺なんかしない」という人が多いが、中には「今度こそ」と考える人もいる。実際、自殺に成功した人は何度か未遂を繰り返した人が多いそうである。



私は自殺を試み未遂に終わる人たちがすべて本気で死のうとしていないとは思わない。
彼らは本当に絶望していて、生きることは苦痛以外の何物でもなく、死ぬしかないと思っている。
しかし、いざ死のうとすると苦痛と恐怖で思いとどまってしまう。

思いとどまるときに、たと…

グリーン車で横の席に荷物を置く人

私は常磐線で通勤しているのだが、最近朝がつらくて、
グリーン車に乗ることが多い。

私が乗る駅では、グリーン車は窓際はまず埋まっている。

窓際に人がいる隣の通路側の席に座る。


だが、そこにカバンを置いている人が非常に多い。

私はそれがとても頭にくる。というか、その神経が理解できない。


なぜそんなことができるのだろうか?

私は休日にもグリーン車に乗ることがあるが、

ガラガラでもとなりの席に荷物など置いたことはない。

なぜなら、グリーン車は有料だからだ。


距離によるが、550円とか770円とか、ランチが食べられるくらいの料金だ。


まあ、ガラガラであれば、カバンを置いても、私はしないが、まあ許せる。

でも、通勤ラッシュ時で、上野につくころにはほぼ満席になる常磐線のグリーン車で、

隣の席に荷物を置くのは許せない。

その荷物をつかんで放り投げたくなる気持ちを懸命に抑える。


時々、そういう人にむかって、「すいません」と言って席を空けてもらって座る人がいる。

謝るのは荷物を置いている方だろ!


そういうときに、荷物を置いている人が謝るのを見たことがない。

私は、絶対に謝らない。そこまでして座りたくない。


が、そういう人がいると、顔をじっと見る。

そうすると、だいたいどける。



最近わかってきたのだが、この行動は無神経であるとか気が利かないというのではなく、

隣に人を座らせたくないので故意にやっているようだ。


なんという、利己的な行為だろう。私はそういう行為が本当に嫌いだ。


私も、なるべく隣に人がいない席を選ぶ。隣に人が来て欲しくないという気持ちはわかる。

でも、だからって荷物を置いて座らせないようにするなんてことは絶対にできない。

そんなことまでしたくない。


昨日は、隣の席に荷物を置いて寝ている人に、「すいません」と声をかけている人がいたのだが、

寝ている人は2、3度声をかけられても起きなかった。

多分、気づいているのに起きなかったのだろう。



私は振り返って、その人がどんな顔をしているか見た。

年齢は私よりやや上、50歳前後だ。

上着を着ずにワイシャツとスラックスの、ごく普通のサラリーマン風の男性である。


特にバカそうでもズルそうでもダメ人間でもだらしない感じでもない。

でも、そういうごく普通の人間が、このような利己的な行為をするものなのである。

これは静かなる暴力と言ってもいい。


キンタマを掴まれる

この話はツイッターで言いたかったのだが、どうしても「キンタマ」と書く勇気が出なかったのでこっちに書く。

私は猥談が嫌いだ。
猥談なんかしていたのは高校生まで。
わけあって私は一切猥談をしなくなった。
飲み会でもしない。飲み会でそういう話題になると貝になる。

そして、「キンタマを掴まれる」という言葉には性的な意味はない。
それは常識かもしれないがやっぱりキンタマなどという言葉を口にすることははばかられる。
わたしも「キンタマ」などという言葉を思い出したのは久しぶりで、懐かしささえ感じた。

なんで思い出したかというと、夢の中でキンタマを掴まれたからだ。
その夢では、わたしは背後にぴったりと誰かが張り付いているのを感じていた。
それは見えないし、ぴったりではあるがそっとなので気のせいかなと思うくらいだ。
だが、間違いなく張り付いていると確信した。だが、それを自分で払いのけることはなぜかできない。

そこで、近くにいた知り合いと思われる人に、「ちょっとこれはがしてくれない?」と頼んだ。

それを頼んだときに掴まれたのか、その前から掴まれていたのかわからないが、
その背後にはりついていた何者かがわたしのキンタマを掴んでいた。
とても痛かった。その痛みは鋭いものではなく、鈍く、重いものだった。

そして結局背後にいるものがはがされないまま、目が覚めた。
その目が覚める瞬間に、キンタマの痛みもすーっと消えていった。
そして、わたしは「あ、これは自分が作り出している幻覚にすぎないな」ということがわかった。