communication breakdown

先日会社の研修で目的と目標の違いは何かという話になった。私は自分なりの考えを述べたがそれは講師の教える内容とは違っていた。その時に感じたことであるが、言葉の意味というのはそれが使われる状況によって変わる。それを「文脈」と言ってもよいだろう。極端にいうと、言葉の「正しい意味」というものは存在しない。言葉の意味は時代によって変わる。「おかし」とか「あはれ」などのように。文法もしかり。言葉というものは誰かが文法や意味を定めてその規則をみんなで守りつつ使用するようなものではない。逆で、文法や辞書というのは言葉の使われ方を調べてまとめて作られるものである。それが言葉というものである。

ところが、そのような言葉を使っている人々のほうが、それを理解していない。自分が使っている言葉には厳密な文法があり、辞書に記されているような意味があり、それを使って意志伝達や表現活動をおこなうのだと考えている人がいる。ごく狭い期間、ごく狭い地域で考えればそうかもしれない。言葉はブロックを積み上げるようなものに見えなくもない。だがそうではない。

そのような言葉に対する考えの違いは、どうでもいいことのようだが非常に重要で、コミュニケーションが成立しないとか、議論が平行線をたどって感情的になるとかいうのは、この間違った「言葉観」が産むのである。

言葉に絶対はないのだ。言葉に絶対があると思っている人は、自分が使っている言葉の定義が頭の中に入っていて、それが相手の頭の中にもあると思っている。たとえその定義が最新の広辞苑に載っていようと、どこかの有名な学者の定義であろうと、それがある文脈で通じるものでしかないことに変わりはない。その定義を軸に議論なりコミュニケーションを行おうとする人がいると、会議や会話は発展しない。


倒幕と大政奉還は必要だったのか

日本の開国と倒幕と大政奉還。この3つはいつもワンセットのように語られる。少なくとも私はそう考えていた。開国は必然であっただろう。だが、倒幕と大政奉還は必要だったのだろうか?日本史が語られるときはいつも「明治まではよかった」と言われる。具体的には司馬遼太郎がそんなことを言っていた。彼だけでなく、多くの人がそう思っているのではないだろうか。私も、当時を生き死んだ人々のことを思うといつの時代がいいとか悪いなどと言うべきではないとも思うが、おおむねそれに同意していた。開国して、サムライは居なくなって、先進国の文化や技術をとりいれ日本も近代を迎えた華やかな時代が明治であった。日清戦争と日露戦争は快挙とされている。だが、太平洋戦争は愚挙とされており、敗戦によって日本は歴史上最悪の状況に叩き落された。そのような認識である。

日米開戦に踏み切ったのは間違っていた、とは多くの人が語るが、なぜ間違っていたのだろうか?日清日露戦争をすべきでなかったというのは、戦争そのものがすべて悪いという人以外からは聞いたことがない。日本という国は明治時代までは順調だったが、太平洋戦争に敗戦したときには狂気が支配していたといってもいいくらいに最悪の状態に堕していた。一体、どこで歯車が狂ったのだろうか?どこまでは正しかったのだろうか?226事件だろうか?515事件だろうか?満州国の建設だろうか?その答えはずっと出ないままだったが、最近ふと、「江戸幕府は倒すべきだったのか?」という疑問がわいた。そのきっかけは「道州制」である。「道州制」というのは、江戸時代の幕藩体制と同じようなものではないのか?と思ったのだ。実際、ネットで検索してみると「道州制は江戸時代への逆行だ」という意見の人がいる。そしてそれは悪い意味でいっているのであるが、歴史や政治の知識が乏しい私は江戸幕府の倒幕は必要なかったのではないかという非常識な仮定を思いついた。大政奉還についても同様である。返上された政権はふたたび下に戻ってきている。もし道州制が実現したら、日本は倒幕と大政奉還をせずに開国しただけの状態に戻るのではないか。そしてそれは時代に逆行するのではなく、倒幕と大政奉還が過ちだったのではないかという仮定である。

開国に関しては私も賛成で、というかあれはすべきもなにもせざるを得なかったというところだろうが、しかし、その後の倒幕と大政奉還は果たして必要だったのか・・・。明治はすばらしい時代というのも、江戸の直後だったからではないのか。江戸幕府がそのまま存続して、そこにヨーロッパの文化や技術を受け入れて改革を行っていれば、日清日露戦争などをしなくても済んだのではないか?

という、仮定である。倒幕も大政奉還も必要だったとしてもなぜ必要だったのかを考える意味はあると思う。

虚しさに立ち向かう

何もしたくない。本も読みたくない。映画も見たくない。音楽も聴きたくない。眠くない。食欲もない。酒も飲みたくない。性欲もない。何をする気にもならない。寝転がって天井を見つめる。すべきこともない。不安も恐怖もない。楽しみも悲しみもない。恐ろしいことだ。恐ろしいといっても逃れられるようなわかりやすい恐怖ではない。何もない恐ろしさだ。これに直面し逃げないのは勇気のいることだ。何か夢中になれるものを見つけてそれに関わっていれば忘れられるかもしれない。私も今までそうしてきた。それが生きることだと思っていた。これを見つめても何も出てこないと思っていた。しかし、何をやっても結局ここへ帰ってくる。これは、見つめなければならないものではないのか。直面しなければならないのではないか。テレビも見ず、体を動かし腹をすかせ眠くなることもせず、じっと見つめる。なにもない所を見つめる。

高校生の頃、今感じているのと同じようなことを感じたことがある。もう20年以上前だ。その時と何も変わっていない。20年もたって何の成長もしていないというのは普通の人ならおそろしく直視できないことだろう。だが今の私はそれを直視できる強さを持っている。そうだ、私は強くなったのだ。
虚しさを象徴していたのは、毎朝通学するときに駅まで自転車で行く途中にある下り坂だった。自転車を漕がなくても勝手に自転車は走り、私は何もしなくても体は駅に近づいていく。それを毎日繰り返している。私の人生も、毎日の生活も、漕がずに進む下り坂の自転車のようなものだった。私はそれが不思議であるのと同じくらい、おそろしかった。

その後私は高校を卒業し、意味も目的もわからぬまま当然とされている大学進学を目指した。一度失敗し、浪人と呼ばれるやり直しをおこなって大学へ入学した。その間にちょっとした事件があった。それは私が虚しさを克服するために、避けることのできないことだった。それは決して私に利益のあることではなかった。得することではなかった。でも、私はそれを選択した。傍から見たらそれは愚行であり、過失にさえ見えたかもしれない。自分でもそう思ったこともあった。しかし今ではわかる。あれは迷いでも逃避でも過失でも汚点でもない、私に課せられた、一生かかって解決することを課せられたわたしの任務であったのだ。

私は音楽を好んだ。ちょうどその虚しさに直面した頃から、音楽を好んだ。それは虚しさから目を背けるため、虚しさから逃げるためでもあったかもしれないが、もしかしたら音楽が虚しさそのものだったのかもしれない。私は家にいるときはほとんど常時ヘッドホンをしていた。眠るときもヘッドホンをして寝た。外出しているときは音楽を聴かなかったが、頭の中では何かしらの音楽がつねに流れていたような気がする。

私は文学を芸術だとは思えなかった。特に小説は芸術というにはあまりに汚く魅力に乏しかった。絵画は芸術だと認められた。そして音楽こそが芸術中の芸術であると思っていた。しかし、今では音楽を聴くことに魅力を感じなくなり、苦痛だと思うようにさえなってきた。それは音楽に飽きたのではなく、音楽の本質に気づき始めたから、芸術の本質に気づき始めたからではないだろうか。
カネがあると虚しさを忘れる。私もカネがはいるとしばらくは虚しさを忘れて、世の中を楽しむ。おそるおそる。カネがなくならないように細心の注意を払って。そしてカネがつきるとまた私は虚しさに直面することになる。

何もやる気がしない。驚きあきれるくらいに何もしたくない。食欲はあるが、うまいものを食いたい、などと思うことはない。腹がふくれればよい。不安定ではあるが眠れてもいる。性欲もある。これまた、最低限でよい。

よく考えてみれば、これはもう、物心ついた頃から、子供の頃からずっとだった。私は何もやる気がしない。一生懸命何かをするとか、人と競い合うということが嫌いだった。将来の夢もなかった。世の中は退屈で生きることは義務でしかなかった。早く時が流れて人生が終わって欲しいといつもぼんやり思っていた。

この生き方、一見無気力でどうしようもない人間のような生き方は、実は私が意図して、ポリシーとして実行している生き方なのである。私だっておいしいものがおいしいとわからないわけではない。だが、だからといってそれをおいしいおいしい、うまいうまいと言って夢中になることはカッコ悪くあさましいという気持ちがある。だから、メシなんざ腹がふくれりゃいいのさ、という態度をとっている。
一生懸命いきたりしないのも、それが自分がより贅沢に暮らしたいということをめざすのなら、美食を求めるのと同じようなことでみっともなくあさましいと思う。
と、カッコよく言ってみたが、私の無気力はそんな生易しいものではなく、生きていくのに最低限必要な気力をも下回っている。

虚しくてどうしようもないときにはどうしたらいいだろうか?多くの人はそういうことがないように、あるいはそういうことに耐え切れず、何かをする。仕事、学業がまずある。だがそれだけでは一人の人生をすべて満たすことはできない。仕事や学校が終わった後、休みの日などに人はまた虚無に直面することになる。それを逃れるために、あるいは忘れるために人は趣味を持つ。

私には趣味がない。スポーツ、音楽、読書などを少しはかじり、時々はそれらが素晴らしいなと思うこともあるが、私はこれが好きですとか、これをしていると何もかも忘れるとか、これだけは誰にも負けないとか、ちょっとしたものだというものはない。

時間があって、健康で、自由であるときに、人は何をすべきなのだろうか。時間がなかったり人手が足りなかったりすることはよくあるが、そんなときにもどこかで暇をもてあまし虚無に押しつぶされそうになっている人がいるのだ。

私には趣味がない。「休みの日は何してるの?」と聞かれると困る。かといって仕事人間なわけではない。仕事中はずっと、早く終わらないかなと思っているし、週末が待ち遠しくて仕方がないし、日曜の夜は憂鬱になる。でも、趣味はない。テレビ、音楽、スポーツ、映画など、もちろんまったく何もやらないわけではないが、どれをとっても趣味だといえるほど熱中したり練習したりしているものはない。

たとえばギターを買って曲を作って宅録したことがある。丹沢へひとりで行って朝から晩まで山を歩いたこともある。フルマラソンに挑戦するために練習して何度か走ったこともある。苦手な水泳を練習しようとプールに通ったこともある。沖縄旅行を何度かしたこともある。でも、今はそれらすべてから遠ざかっている。

パソコンを自作してみたり、プログラミングに興味を持ったり、いろんなOSをインストールしてみたりしたこともある。ゲームはあまり好きではないが、時々ひとつのゲームに夢中になってしまうことがある。でもそれも1ヶ月もすればすっかり飽きてしまう。

本を読むのは楽しみのためではなく、あまり無教養なのも恥ずかしいし、人々がさかんにほめたりその人の発言を引用したりするような人の本は読んでおかなければならないだろうと、イヤイヤ読んでいるだけである。だから読書ももちろん趣味ではない。

酒は毎日飲んでいるが、酒を飲むことは趣味とはいえないだろう。これは悪い習慣である。

私は家にいるとき、そして最近はほとんど外へ出ることがないのだが、ずっとパソコンの前にいる。今もパソコンの前に座って、Chromeの画面でこの文章を打鍵している。こうやって誰に読ませるわけでもない文章を書くことは好きで、もしかしたらこれが趣味と言えるかもしれない。でも、人に説明するのは難しい。

パソコンの前にいてすることはたくさんある。文章を書くことはごく一部だ。youtubeで動画を見たり、ニコニコ生放送でどこの誰だか知らない人の雑談を聞いたり、ニュースを読んだり、googleで検索して何かを調べたりする。

梨状筋症候群

だと思う。

 椅子に座ってしばらくたって立った時に最も痛む。 歩いているときはそれほど痛まず、むしろずっと歩いているとだんだん痛みがなくなるような感覚すらある。 だが、「治ったかな」と思ってちょっと足を動かすとズキンと痛む。

 痛むのは左側だけで、どこが痛んでいるのかがいまいちはっきりしないが、お尻の左側の「ホッペタ」の奥の方の感じ。 インターネットで検索して、痛みを軽減するストレッチというのを試してみたら少しやわらいだが、椅子に座ることを避けるわけにはいかない。 ずっと横になっているとあまり痛まないが、違和感はある。

 だんだんいろんなことが億劫になってきた。 最近運動不足なのだがこれではランニングもできない。 運動不足だからこんなことになったのだろうか。 今ほど痛みがないときに、歩くと腰から太ももにかけての裏側が突っ張ったような違和感があったのだが、寒さや運動不足のせいかなと思っていた。

カツカレー

大坂なおみがセリーナウィリアムズを破って優勝した時のインタビューで「カツカレーが食べたい」というのを聞いてから、食べたくなった。 最近はカレーライス自体をほとんど食べることがなかった。 さらにそれにカツが入っているとなると重すぎる。 体調がよく空腹のときに何回か食べ...