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1月, 2013の投稿を表示しています

communication breakdown

先日会社の研修で目的と目標の違いは何かという話になった。私は自分なりの考えを述べたがそれは講師の教える内容とは違っていた。その時に感じたことであるが、言葉の意味というのはそれが使われる状況によって変わる。それを「文脈」と言ってもよいだろう。極端にいうと、言葉の「正しい意味」というものは存在しない。言葉の意味は時代によって変わる。「おかし」とか「あはれ」などのように。文法もしかり。言葉というものは誰かが文法や意味を定めてその規則をみんなで守りつつ使用するようなものではない。逆で、文法や辞書というのは言葉の使われ方を調べてまとめて作られるものである。それが言葉というものである。

ところが、そのような言葉を使っている人々のほうが、それを理解していない。自分が使っている言葉には厳密な文法があり、辞書に記されているような意味があり、それを使って意志伝達や表現活動をおこなうのだと考えている人がいる。ごく狭い期間、ごく狭い地域で考えればそうかもしれない。言葉はブロックを積み上げるようなものに見えなくもない。だがそうではない。

そのような言葉に対する考えの違いは、どうでもいいことのようだが非常に重要で、コミュニケーションが成立しないとか、議論が平行線をたどって感情的になるとかいうのは、この間違った「言葉観」が産むのである。

言葉に絶対はないのだ。言葉に絶対があると思っている人は、自分が使っている言葉の定義が頭の中に入っていて、それが相手の頭の中にもあると思っている。たとえその定義が最新の広辞苑に載っていようと、どこかの有名な学者の定義であろうと、それがある文脈で通じるものでしかないことに変わりはない。その定義を軸に議論なりコミュニケーションを行おうとする人がいると、会議や会話は発展しない。


倒幕と大政奉還は必要だったのか

日本の開国と倒幕と大政奉還。この3つはいつもワンセットのように語られる。少なくとも私はそう考えていた。開国は必然であっただろう。だが、倒幕と大政奉還は必要だったのだろうか?日本史が語られるときはいつも「明治まではよかった」と言われる。具体的には司馬遼太郎がそんなことを言っていた。彼だけでなく、多くの人がそう思っているのではないだろうか。私も、当時を生き死んだ人々のことを思うといつの時代がいいとか悪いなどと言うべきではないとも思うが、おおむねそれに同意していた。開国して、サムライは居なくなって、先進国の文化や技術をとりいれ日本も近代を迎えた華やかな時代が明治であった。日清戦争と日露戦争は快挙とされている。だが、太平洋戦争は愚挙とされており、敗戦によって日本は歴史上最悪の状況に叩き落された。そのような認識である。

日米開戦に踏み切ったのは間違っていた、とは多くの人が語るが、なぜ間違っていたのだろうか?日清日露戦争をすべきでなかったというのは、戦争そのものがすべて悪いという人以外からは聞いたことがない。日本という国は明治時代までは順調だったが、太平洋戦争に敗戦したときには狂気が支配していたといってもいいくらいに最悪の状態に堕していた。一体、どこで歯車が狂ったのだろうか?どこまでは正しかったのだろうか?226事件だろうか?515事件だろうか?満州国の建設だろうか?その答えはずっと出ないままだったが、最近ふと、「江戸幕府は倒すべきだったのか?」という疑問がわいた。そのきっかけは「道州制」である。「道州制」というのは、江戸時代の幕藩体制と同じようなものではないのか?と思ったのだ。実際、ネットで検索してみると「道州制は江戸時代への逆行だ」という意見の人がいる。そしてそれは悪い意味でいっているのであるが、歴史や政治の知識が乏しい私は江戸幕府の倒幕は必要なかったのではないかという非常識な仮定を思いついた。大政奉還についても同様である。返上された政権はふたたび下に戻ってきている。もし道州制が実現したら、日本は倒幕と大政奉還をせずに開国しただけの状態に戻るのではないか。そしてそれは時代に逆行するのではなく、倒幕と大政奉還が過ちだったのではないかという仮定である。

開国に関しては私も賛成で、というかあれはすべきもなにもせざるを得なかったというところだろうが、しかし、その後の倒幕と大政奉還…

虚しさに立ち向かう

何もしたくない。本も読みたくない。映画も見たくない。音楽も聴きたくない。眠くない。食欲もない。酒も飲みたくない。性欲もない。何をする気にもならない。寝転がって天井を見つめる。すべきこともない。不安も恐怖もない。楽しみも悲しみもない。恐ろしいことだ。恐ろしいといっても逃れられるようなわかりやすい恐怖ではない。何もない恐ろしさだ。これに直面し逃げないのは勇気のいることだ。何か夢中になれるものを見つけてそれに関わっていれば忘れられるかもしれない。私も今までそうしてきた。それが生きることだと思っていた。これを見つめても何も出てこないと思っていた。しかし、何をやっても結局ここへ帰ってくる。これは、見つめなければならないものではないのか。直面しなければならないのではないか。テレビも見ず、体を動かし腹をすかせ眠くなることもせず、じっと見つめる。なにもない所を見つめる。

高校生の頃、今感じているのと同じようなことを感じたことがある。もう20年以上前だ。その時と何も変わっていない。20年もたって何の成長もしていないというのは普通の人ならおそろしく直視できないことだろう。だが今の私はそれを直視できる強さを持っている。そうだ、私は強くなったのだ。
虚しさを象徴していたのは、毎朝通学するときに駅まで自転車で行く途中にある下り坂だった。自転車を漕がなくても勝手に自転車は走り、私は何もしなくても体は駅に近づいていく。それを毎日繰り返している。私の人生も、毎日の生活も、漕がずに進む下り坂の自転車のようなものだった。私はそれが不思議であるのと同じくらい、おそろしかった。

その後私は高校を卒業し、意味も目的もわからぬまま当然とされている大学進学を目指した。一度失敗し、浪人と呼ばれるやり直しをおこなって大学へ入学した。その間にちょっとした事件があった。それは私が虚しさを克服するために、避けることのできないことだった。それは決して私に利益のあることではなかった。得することではなかった。でも、私はそれを選択した。傍から見たらそれは愚行であり、過失にさえ見えたかもしれない。自分でもそう思ったこともあった。しかし今ではわかる。あれは迷いでも逃避でも過失でも汚点でもない、私に課せられた、一生かかって解決することを課せられたわたしの任務であったのだ。

私は音楽を好んだ。ちょうどその虚しさに直面した頃から、音楽を…

梨状筋症候群

だと思う。

 椅子に座ってしばらくたって立った時に最も痛む。 歩いているときはそれほど痛まず、むしろずっと歩いているとだんだん痛みがなくなるような感覚すらある。 だが、「治ったかな」と思ってちょっと足を動かすとズキンと痛む。

 痛むのは左側だけで、どこが痛んでいるのかがいまいちはっきりしないが、お尻の左側の「ホッペタ」の奥の方の感じ。 インターネットで検索して、痛みを軽減するストレッチというのを試してみたら少しやわらいだが、椅子に座ることを避けるわけにはいかない。 ずっと横になっているとあまり痛まないが、違和感はある。

 だんだんいろんなことが億劫になってきた。 最近運動不足なのだがこれではランニングもできない。 運動不足だからこんなことになったのだろうか。 今ほど痛みがないときに、歩くと腰から太ももにかけての裏側が突っ張ったような違和感があったのだが、寒さや運動不足のせいかなと思っていた。