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2013年1月22日火曜日

倒幕と大政奉還は必要だったのか

日本の開国と倒幕と大政奉還。この3つはいつもワンセットのように語られる。少なくとも私はそう考えていた。開国は必然であっただろう。だが、倒幕と大政奉還は必要だったのだろうか?日本史が語られるときはいつも「明治まではよかった」と言われる。具体的には司馬遼太郎がそんなことを言っていた。彼だけでなく、多くの人がそう思っているのではないだろうか。私も、当時を生き死んだ人々のことを思うといつの時代がいいとか悪いなどと言うべきではないとも思うが、おおむねそれに同意していた。開国して、サムライは居なくなって、先進国の文化や技術をとりいれ日本も近代を迎えた華やかな時代が明治であった。日清戦争と日露戦争は快挙とされている。だが、太平洋戦争は愚挙とされており、敗戦によって日本は歴史上最悪の状況に叩き落された。そのような認識である。

日米開戦に踏み切ったのは間違っていた、とは多くの人が語るが、なぜ間違っていたのだろうか?日清日露戦争をすべきでなかったというのは、戦争そのものがすべて悪いという人以外からは聞いたことがない。日本という国は明治時代までは順調だったが、太平洋戦争に敗戦したときには狂気が支配していたといってもいいくらいに最悪の状態に堕していた。一体、どこで歯車が狂ったのだろうか?どこまでは正しかったのだろうか?226事件だろうか?515事件だろうか?満州国の建設だろうか?その答えはずっと出ないままだったが、最近ふと、「江戸幕府は倒すべきだったのか?」という疑問がわいた。そのきっかけは「道州制」である。「道州制」というのは、江戸時代の幕藩体制と同じようなものではないのか?と思ったのだ。実際、ネットで検索してみると「道州制は江戸時代への逆行だ」という意見の人がいる。そしてそれは悪い意味でいっているのであるが、歴史や政治の知識が乏しい私は江戸幕府の倒幕は必要なかったのではないかという非常識な仮定を思いついた。大政奉還についても同様である。返上された政権はふたたび下に戻ってきている。もし道州制が実現したら、日本は倒幕と大政奉還をせずに開国しただけの状態に戻るのではないか。そしてそれは時代に逆行するのではなく、倒幕と大政奉還が過ちだったのではないかという仮定である。

開国に関しては私も賛成で、というかあれはすべきもなにもせざるを得なかったというところだろうが、しかし、その後の倒幕と大政奉還は果たして必要だったのか・・・。明治はすばらしい時代というのも、江戸の直後だったからではないのか。江戸幕府がそのまま存続して、そこにヨーロッパの文化や技術を受け入れて改革を行っていれば、日清日露戦争などをしなくても済んだのではないか?

という、仮定である。倒幕も大政奉還も必要だったとしてもなぜ必要だったのかを考える意味はあると思う。