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2014年1月1日水曜日

靖国

安倍首相が年末に突然靖国神社に参拝したことについて、新聞やインターネットなどで世間の反応をうかがうとほとんどが批判的で、「よくぞ参拝した」と讃える人がほとんど見当たらない。

さらに、アメリカ大使館からも否定的な声明が発表されたことがニュースになった。

以下、大使館のサイトに掲載されている声明である。

日本は大切な同盟国であり、友好国である。しかしながら、日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに、米国政府は失望している。
 米国は、日本と近隣諸国が過去からの微妙な問題に対応する建設的な方策を見いだし、関係を改善させ、地域の平和と安定という共通の目標を発展させるための協力を推進することを希望する。
 米国は、首相の過去への反省と日本の平和への決意を再確認する表現に注目する。

この声明について、disappointedがどれほどの意味なのか、というようなことが騒がれているようだが、そんなことはどうでもよい。そんな微妙なニュアンスの問題ではないからだ。


今回の首相の行為を批判する意見のほとんどは、「いたずらに中国や韓国を刺激するのは外交政策上日本に損失にしかならないからよくなかった」というものである。

靖国神社参拝そのものをなぜすべきでないのか、靖国神社とはどういうものなのか、なぜ首相が靖国参拝にこだわるのかについての意見を述べている人はほとんど見当たらない。

つまり、ほとんどの人は「靖国なんかどうでもいいじゃん。」と思っている。そして、安倍首相がそのどうでもいいことにこだわって国益を損ねようとしていることに文句を言っているのである。



靖国参拝に反対する人たちの意見はさまざまであるが、わかりやすくいうと「第二次世界大戦で日本は侵略行為をおこなったのに、その行為を遂行した軍人たちをまつった神社を参拝することは日本の侵略行為を肯定し、反省していないことを示す」というものだった。

私はその意見に賛成はしないが、そういいたくなる気持ちもわかるし、その反対意見を屈服させるようなこともできない。

ただ私は、先の戦争でどの国の行為が侵略であり、どの国の行為が正しかったが、どちらが神の側だったかなどという判断をくだすことはまさに神にしかできないことだと思っている。

日本が満州国を建設したこと、韓国を併合したこと、実態はあきらかでないようだが南京事件のような虐殺があったとして、それに対して民間人を標的にした空襲や原爆投下が肯定されるのだろうか?

戦争とはそんな単純なものだろうか?ある国の戦闘行為は「侵略か、正義か」などという風にきれいに区別できるものだろうか?



靖国参拝の是非は、そんな簡単に言えることではない。

それを、「外交上問題だから」「国益に反するから」といった理由でやめてしまうことはできない。もちろん、首相もそれをわかっているのである。単に自分のポリシーとか個人的な感情で参拝しているのでは、当然ない。