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2014年1月9日木曜日

天皇

靖国参拝を否定する人がよく言うのは、「天皇陛下でさえA級戦犯の合祀後は参拝をしていない」ということであるが、それがどうしたというのか?

なぜ天皇陛下が参拝しなかったら、総理大臣も参拝を辞めなくてはならないのか?


そして反対者は靖国参拝を賛成する人々を「右翼」とみなし、「右翼が天皇に逆らっていいのか」と勝ち誇ったように言うが、私は別に「右翼」という思想や主義の持ち主になろうと決意したわけではない。

国旗・国歌、天皇、支持政党、読む新聞・雑誌、見るテレビ、読む本、などに対する態度を客観的に見ると、「保守派」「右寄り」と言えるタイプの人間であろう。


しかし、そういう派閥とかタイプとか左右どっちかという区別は誰かが他人のことを区別して枠をはめているだけのことであって、実際にそのような枠がありある人がその枠の中で生きているわけではない。


これは「右翼」に限ったことではない。どんな行動でも、自分の好き嫌いでも、それは自分が考えたり感じたことの結果なのであって、「自分は右翼だから靖国へ行く」「自分は保守派だから君が代を歌う」「朝日新聞は左翼だから読まない」などと考えているわけではない。



そして、天皇に対しては私は何の敬意も抱いていない。まったく形骸化した、何の役にも立たない、百害あって一利なしの存在であるからいますぐにでも皇室などというものは廃止すべきだと考えている。

靖国神社に参拝することと、天皇はまったく関係ない。

天皇が参拝したら自分も参拝するのでもない。


天皇はただの人間である。神でも王でもない。かつてはそうであったが、今は違う。

それなのに、実質王や神であるかのようなその地位は世襲されている。


これは、憲法9条と自衛隊の問題よりももっと重要でさらに矛盾したことである。

このことが解決することなしには日本はひとつの独立した国とはならないだろう。


そして私は日本が完全に独立することは永遠にないと見ている。

間違いなく、日本はアジアあるいは環太平洋諸国から構成される連合体の一部となって、国家としての日本は100年以内に消滅しているだろう。そして、国家ではない単なる連合体の一区域において、天皇などという存在は必然的に無用となる。


そして、そのことは悲しいことでも惨めなことでもなんでもなくて、歴史の必然であると思う。