空き缶入れをプラスチックのカップでふさぐ人

もうひとつアタマにくるのが、飲料の自動販売機の横などにおいてある、

空き缶やペットボトルを捨てるハコの口に、おそらくコーヒーショップなどで買ったと思われる、

プラスチックの容器を突っ込んでいるのを見たときだ。


入りきらないのだが、少し細くなっている底のほうだけ突っ込んで、口をふさいでしまっている。


どうしてこういうことができるのだろう?


誰がそれを取って捨てると思っているのだろう?


どんな顔をしてそういうことをしているのだろう?






ついでに文句を言うが、bloggerは写真の向きを変更できないのか!

というか、アップロードした写真を勝手に回転させるなよ!


グリーン車で横の席に荷物を置く人

私は常磐線で通勤しているのだが、最近朝がつらくて、
グリーン車に乗ることが多い。

私が乗る駅では、グリーン車は窓際はまず埋まっている。

窓際に人がいる隣の通路側の席に座る。


だが、そこにカバンを置いている人が非常に多い。

私はそれがとても頭にくる。というか、その神経が理解できない。


なぜそんなことができるのだろうか?

私は休日にもグリーン車に乗ることがあるが、

ガラガラでもとなりの席に荷物など置いたことはない。

なぜなら、グリーン車は有料だからだ。


距離によるが、550円とか770円とか、ランチが食べられるくらいの料金だ。


まあ、ガラガラであれば、カバンを置いても、私はしないが、まあ許せる。

でも、通勤ラッシュ時で、上野につくころにはほぼ満席になる常磐線のグリーン車で、

隣の席に荷物を置くのは許せない。

その荷物をつかんで放り投げたくなる気持ちを懸命に抑える。


時々、そういう人にむかって、「すいません」と言って席を空けてもらって座る人がいる。

謝るのは荷物を置いている方だろ!


そういうときに、荷物を置いている人が謝るのを見たことがない。

私は、絶対に謝らない。そこまでして座りたくない。


が、そういう人がいると、顔をじっと見る。

そうすると、だいたいどける。



最近わかってきたのだが、この行動は無神経であるとか気が利かないというのではなく、

隣に人を座らせたくないので故意にやっているようだ。


なんという、利己的な行為だろう。私はそういう行為が本当に嫌いだ。


私も、なるべく隣に人がいない席を選ぶ。隣に人が来て欲しくないという気持ちはわかる。

でも、だからって荷物を置いて座らせないようにするなんてことは絶対にできない。

そんなことまでしたくない。


昨日は、隣の席に荷物を置いて寝ている人に、「すいません」と声をかけている人がいたのだが、

寝ている人は2、3度声をかけられても起きなかった。

多分、気づいているのに起きなかったのだろう。



私は振り返って、その人がどんな顔をしているか見た。

年齢は私よりやや上、50歳前後だ。

上着を着ずにワイシャツとスラックスの、ごく普通のサラリーマン風の男性である。


特にバカそうでもズルそうでもダメ人間でもだらしない感じでもない。

でも、そういうごく普通の人間が、このような利己的な行為をするものなのである。

これは静かなる暴力と言ってもいい。


こういう人間が、政治家や芸能人の不祥事に対して鬼の首をとったように責めるのだ。

私にはわかる。



野々村議員

野々村という議員が号泣しながら記者会見していてみっともない、という話を聞いた。

私は、女性議員をヤジった議員が釈明したのかと思ったら、まったく関係なかった。


youtubeで見てみたが、どういう精神状態なのか、よくわからない。


泣くことによって同情させようとか、反省の意を示すとか、そんなものではなかった。


「号泣」と言われているが、あれは号泣というよりも、錯乱状態というべきではないだろうか。


あの会見は彼にとってなんのメリットももたらさなかっただろうが、それは彼のごまかしが失敗に終わったとかいうものではない。

私はまったく怒りを覚えなかった。気味が悪かった。

多分、あの人はこの後精神科に通うことになるだろう。通うべきだ。


ちなみに私は精神科に何度か通っている「心が病んだ」人間である。



会見と言えば、小保方さんである。

小保方さんについては、私はまさか存在もしない発見をでっちあげた論文だとは思っていなかった。

そんなものを書いてもなんのメリットもないからである。


野々村氏に対しても、小保方さんに対しても、皆怒ったり批判したりしているけれど、

私は彼らの行動の無目的さ、後先考えなさが薄気味悪い。


悪いことをする人、自分の利益のために不正をおこなう人はたくさんいる。

そういう人はそれを隠そうとしたり、隠すことに失敗したら恥ずかしがったり、悔しがったり、逃げたり、顔を隠したりするものだ。

しかし、野々村氏や小保方氏の態度は違う。


一見、反省していず、泣いてごまかすあるいは同情してもらおうとしている子供のような態度にも見えるが、私はそんなかわいいものには見えない。

現在、私の身の回りでは善悪というもの、良識とか常識とかいうものが完全に崩壊している。


その状況は「現代日本」とか「世界」とかで起きているものと言いたい所だが、
私の見ているのはほんの身の回りだけなのでそこまでは言えない。


でも、少なくとも私が生活している範囲で出会う人々からは、完全に道徳とかマナーとか気遣いとかいうものが失われてしまった。いい年をした、お年寄りと言ってもいいくらいの大人でさえも、そういうものが失われた。

もちろん、中には古臭い、化石のような「いい人」も、ごく少数だが存在している。

私は自分もそういう化石のような人間のつもりなのだが、どうやらそうは思われていないようである。


話を野々村議員に戻すが、私が気になったのは、「縁もゆかりもない人に投票してもらって議員になった」という彼の言葉である。


投票した人に失礼な発言だとは思うが、彼はおそらく自分に投票してくれた人に感謝の意を表そうとして言ったつもりだったと思う。


自分のことを知らないのに、別に自分がその人たちに何かしてあげたわけでもないのに投票してくれた、その人たちのためにがんばりたい、がんばりたかった、そういうことを言いたかったのだろう。


しかし、そういう意味にはならなかった。


これは彼の本音が出てしまったというより、単に言葉の使い方が未熟、要は本を読んだり文章を書いたりという経験が足りない、もっというとアタマが悪いだけだろう。




ただ、彼のような人間は今の日本にたくさんいる。別に特殊な人間ではないと思う。


むしろ、彼はどちらかというと優秀な部類の人間だ。



そんな人でも、あんなことをしてあんな醜態をさらしてしまうのだ。


これが、現実。



外国語を理解するために必要なこと

久しぶりの海外出張に行って感じたのは、翻訳ツールの充実ぶりである。 誰もがもっているスマートフォンでは無料で使用できる翻訳アプリが使える。 パソコンではgoogle翻訳をはじめとして、これも無料で使える翻訳サイトがたくさんあり、翻訳の精度もずいぶん向上した。 アプリ等...