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2014年7月8日火曜日

野々村議員

野々村という議員が号泣しながら記者会見していてみっともない、という話を聞いた。

私は、女性議員をヤジった議員が釈明したのかと思ったら、まったく関係なかった。


youtubeで見てみたが、どういう精神状態なのか、よくわからない。


泣くことによって同情させようとか、反省の意を示すとか、そんなものではなかった。


「号泣」と言われているが、あれは号泣というよりも、錯乱状態というべきではないだろうか。


あの会見は彼にとってなんのメリットももたらさなかっただろうが、それは彼のごまかしが失敗に終わったとかいうものではない。

私はまったく怒りを覚えなかった。気味が悪かった。

多分、あの人はこの後精神科に通うことになるだろう。通うべきだ。


ちなみに私は精神科に何度か通っている「心が病んだ」人間である。



会見と言えば、小保方さんである。

小保方さんについては、私はまさか存在もしない発見をでっちあげた論文だとは思っていなかった。

そんなものを書いてもなんのメリットもないからである。


野々村氏に対しても、小保方さんに対しても、皆怒ったり批判したりしているけれど、

私は彼らの行動の無目的さ、後先考えなさが薄気味悪い。


悪いことをする人、自分の利益のために不正をおこなう人はたくさんいる。

そういう人はそれを隠そうとしたり、隠すことに失敗したら恥ずかしがったり、悔しがったり、逃げたり、顔を隠したりするものだ。

しかし、野々村氏や小保方氏の態度は違う。


一見、反省していず、泣いてごまかすあるいは同情してもらおうとしている子供のような態度にも見えるが、私はそんなかわいいものには見えない。

現在、私の身の回りでは善悪というもの、良識とか常識とかいうものが完全に崩壊している。


その状況は「現代日本」とか「世界」とかで起きているものと言いたい所だが、
私の見ているのはほんの身の回りだけなのでそこまでは言えない。


でも、少なくとも私が生活している範囲で出会う人々からは、完全に道徳とかマナーとか気遣いとかいうものが失われてしまった。いい年をした、お年寄りと言ってもいいくらいの大人でさえも、そういうものが失われた。

もちろん、中には古臭い、化石のような「いい人」も、ごく少数だが存在している。

私は自分もそういう化石のような人間のつもりなのだが、どうやらそうは思われていないようである。


話を野々村議員に戻すが、私が気になったのは、「縁もゆかりもない人に投票してもらって議員になった」という彼の言葉である。


投票した人に失礼な発言だとは思うが、彼はおそらく自分に投票してくれた人に感謝の意を表そうとして言ったつもりだったと思う。


自分のことを知らないのに、別に自分がその人たちに何かしてあげたわけでもないのに投票してくれた、その人たちのためにがんばりたい、がんばりたかった、そういうことを言いたかったのだろう。


しかし、そういう意味にはならなかった。


これは彼の本音が出てしまったというより、単に言葉の使い方が未熟、要は本を読んだり文章を書いたりという経験が足りない、もっというとアタマが悪いだけだろう。




ただ、彼のような人間は今の日本にたくさんいる。別に特殊な人間ではないと思う。


むしろ、彼はどちらかというと優秀な部類の人間だ。



そんな人でも、あんなことをしてあんな醜態をさらしてしまうのだ。


これが、現実。