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2017年1月22日日曜日

トランプにケチをつける人々

トランプが大統領になることが決まってから、

様々な人々が彼のことを批判している。

「大統領にふさわしくない」と言う人も少なくない。


私はそのことに腹が立つ。

大統領というのは選挙でえらばれる人だ。


ふさわしいとかふさわしくないとか、品格がないとか、品性が下劣だとか、幼稚園児並みの政策だとか、

そんなことは言ってはならない。


「大統領にふさわしい人を選ぶ」ためには、ふさわしさの基準が必要である。

たとえば、あくまでもたとえばだが、大学を卒業していること、犯罪歴がないこと、IQが150以上、

身長が180センチ以上・・・・


まあ、これくらいなら問題ないかもしれない。

でも、今トランプのことを批判し叩いている人たちが言っているのは、もっと突っ込んだことだ。


たとえば、外国人などに差別的な思想をもっていること。排外的であるなど。


そういう思想とか政策について、是非を論じ始めてしまったら、それはもう、民主主義の、選挙の否定になってしまう。


何が正しいか正しくないかがわからないから、選挙で選ぶのである。


トランプの思想と政策が間違っているかどうかは、実施してみないとわからない。

ある人にはメリットがあり、ある人にはなく、不利益を被るかもしれない。


だが、だれもかれもが幸福になる政策なんてそれこそ聖人にしかできない。



アメリカ大統領だけでなく、日本の総理大臣でも、どこの国の大統領でも、


聖人君子であることを求めるような人がいるが、


民主主義と言うのはそのような聖人君子はいない、少なくとも聖人君子を選ぶ基準がない、という前提に基づいている。


そもそも、聖人君子を選ぶ基準なんて、聖人君子以上の存在にしか作れないからだ。


過去には自分が君子だと言ったり、一部の少数の人々が聖人だと判断した人が政治を行って、独裁という体制になった。


その反省から、民主主義が生まれたのだ。

私は民主主義が最善だとは思っていないが、そのルールで動いているのだから、選挙の結果が気にくわないからといって後から選ばれた人について文句を言うのは卑怯だ。

そういう意味で腹が立っているのだ。

選挙で選ばれた人は、たとえ品性下劣なクソ野郎であっても、リーダーとして認めて従わねばならない。

それがどうしてもいやだというなら、自分が立候補して当選するしかない。

もしくは、実力を行使して、武力をつかって国家を転覆するしかない。

そんな勇気も実行力もないだろ、お前らには。

だったら黙ってろ。


そもそも大統領や総理大臣が誰になるかでお前の人生なんか変わんねぇんだよ!