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4月, 2017の投稿を表示しています

テレビの役割

テレビを見るのをやめて、何年たっただろうか。3年か4年くらい。

とはいえ、テレビはあちこちにあるので、食事の時とか、ホテルに泊まったときとか、見ることはある。

インターネットでもテレビでこんな番組が放送されて話題になったということがニュースになったりtwitterで話題になったりする。

さらに、youtubeにはテレビ番組の複製のような動画がたくさんあって、私はそれをむさぼるように観ているので、「テレビを見ていない」などと、カッコつけて言えないのかもしれない。


さて、このところ、トランプ大統領がシリアを爆撃して、北朝鮮にも、みたいなことが言われている。

私は暇さえあればtwitterを見る。仕事中はあまり見れないが、トイレの個室に入ったら呼吸をするように自然に見る。

私にとってtwitterはもう、体の一部のようになっている。


さて、そのtwitterで、最近よく見るのが、「シリアや北朝鮮で緊迫した事態が起きているのに日本では浅田真央の引退とか森友学園の問題とかどうでもいいことばかりニュースになっている」というようなツイートである。

こういうことが言われるのは今に始まったことではない。

たとえば、もうずいぶん昔の話だが、私が高校生の頃、東大の学生がボートに乗っていて転覆して死亡するとかいう事故が起きたことがあって、そのニュースが朝日新聞の一面トップに載ったことがある。

当時高校では「現代社会」という、なんだかよくわからない科目があって、その授業をやっていたのは東大卒の先生だったのだが、こんなことを一面トップに載せるべきではない、と、授業で話していた。


新聞や週刊誌などについても、アサヒは左だ、サンケイは右だ、フジは右でテレ朝は左だ、などということもよく言われる。自分でも、同じようなことを感じていた。

しかし最近はテレビをはじめ、ほとんどの放送とか出版とかいうものから遠ざかっていて、それらの情報に触れる機会さえない。

twitterとyahooジャパンくらいが私の情報源である。

日経新聞をとっているが、読む時間は日に日に短くなっていて、今では一面から最後までめくるのに3分くらいしかかからない。

読む速度があがったのではなく、読まなくなったのである。


その結果、報道とかマスコミとか言われるものは、私にとってほとんど無意味で無価値になった。

テレビで浅田真央のことを放送…

痛風その後

左足の甲に違和感を感じて2週間がたった。

最初は明らかに痛みがあってかすかに腫れてもいたが、今はほとんど痛まない。

でも、まだ少し違和感がある。

激痛を感じることはなく、普通に生活し、酒も毎日飲み、食べたいものを食べて暮らした。

むしろ、いつもより飲み、食べたくらいだ。

週末にしていたランニングは中止。腕立て伏せもやめてしまった。

体重を測るのもやめた。


ときどき、両手の小指がしびれたような状態になることもあって、

体全体がやや不調になっているように感じる。


歳も歳だし、夜は12時前に寝れることなどまずないような日々が続いていたので、

疲れがたまっていたのだろう。


仕事の忙しさは少し落ち着いてきたので、なるべく早く帰るようにして、

無理をせずに、ときどき手を抜くこともするようにしている。


痛風になったことはかなりショックで、暴飲暴食の不摂生なダメ人間だという消えない烙印が押されてしまったように感じ、少し自暴自棄になっている。


本格的な発作が起きると赤く腫れあがり杖をついたりしないと歩けない程になるらしい。

私がtwitterでfollowしている人が私とほぼ同時に発作を起こしていたのだが、私とは比べ物にならないくらいの重症だった。

それを見ると、私のは本当に痛風だったのだろうか?と思うほどだ。


でも、健康診断の尿酸値は一線を越えていることを示している。


昨日、新宿を歩いていてバスから降りてきた70歳くらいの二人の男性は、ボサボサの白髪でパジャマのようなスウェットのようなものを着て、杖をついて、無精ひげでヨロヨロと、どこへ行くのか歩いていた。

病院へ向かうのか病院から帰って来たのか。

私は、このままでは確実に自分もあんな風になる、と暗澹たる気持ちになった。

あんな風になるくらいなら、もう今すぐにでも死んでしまいたいくらいだ。


死にたいという気持ちは20代の頃から、それこそ発作のように自分を襲った。

でも、体がそれを拒んだ。食欲や性欲や、自然を美しいと思う感情などが、死ぬことを拒んだ。

精神は、何故死なないのか、と反語を使うくらい、死ぬべきだと思っていた。


今や加齢によって体は死へ近づいてきたが、まだまだ反発している。

ビルの高い階で窓から外を眺めて、「ここから飛び降りたら死ねるな」と思うが、

飛び降りることなど絶対にできない。死んではいけないと思うからではなく、恐ろ…

独身男性が保育園問題を考える

最近保育園の話題をよく目にする。

保育園は不足していて、抽選か何かがあってなかなか預けられないそうである。

「保育園落ちた日本死ね」

という匿名のしょうもないブログが話題になった。


私はワイドナショーが好きで、普段テレビは見ないが日曜の朝10時だけは居間のテレビで見る。

保育園が定員より多く子供を預かり、少ない食事など劣悪な環境で保育していたという問題を扱っていた。


また、保育士の待遇が悪い、つまり給料が安いということも最近よく聞く。


そして、国がなんとかしないといけませんね、という結論になっている。



私は保育園には行っていない。

私が子供の頃、40年ごろ前は、保育園に行く子供は半分かそれ以下だったのではないだろうか。

それはつまり、共働きの夫婦の割合にほぼ等しい。

共働きではないのに保育園に預ける親もいるのだろうか。


私が子供の頃は、パートで働くお母さんはたくさんいたが、共働きの親などほとんどいなかった。

子育てはもちろん炊事洗濯掃除も全部女の、母親の仕事だった。


今では、女性と男性は子宮があるかペニスがあるかという生物的な差以外の差別はほとんど認められなくなった。

女性も仕事をし、結婚しても続けることが当たり前のようになってきた。

だから、保育園の需要が増えてきたのだが、供給が追いついておらず、いろいろな問題が起きている。


私は子供がいないどころか結婚もしていないのでこのことには関心がないのだが、あまりにいろんな人が、お笑い芸人まで真剣に語るようになってきたので、少しまじめに考えてみた。

私の考えは、現状、子供を預けて二親が外で働くような環境は整っていないので、どちらかが子育てをできないような夫婦は子供を産むべきではない、どうしても生みたいならどちらかが仕事を辞めるべきだ、というものである。

要は、男女平等なんかそう簡単に実現できないよ、ということである。

好きになりました、結婚しました、子供できました、おカネありません、母も働きます、子供預かってください、なんで預かってくれないんですか、おカネください、日本死ね、というのは、ほとんどアニマルじゃないですか。

子供を産んで育てることができるだろうかと、考えて行動しないんでしょうか?

そんなこと考えているから私はいつまでも独身でいるのでしょうか。

痛風

金曜日の朝。

今年は花粉症の症状がやや強い。

くしゃみと、鼻水。

鼻水は朝起きたとき、寝る前、通勤電車の中などで出るので、

ハンカチを2枚持っていき一枚は鼻紙にしている。


その日は特にくしゃみが激しくて、2回連続してしたら腰に来た。


そして、昼食後だったと思う、エレベーターに乗ろうとしたらくしゃみが出て、

そのあと咳き込んだ。

これはときどきあることなのだが、その時は咳き込むと腰が痛んで立っていられず、

しばらくしゃがみこんでしまった。

そしてトイレへ行って顔を洗いうがいをして、

なんとか落ち着いて仕事をしていた。


座ってドキュメントを作っていて、しばらくして立とうとしたら腰が痛くて立てない。

と、思ったら、左足の甲のあたりに違和感を感じた。

痛みまではいかない。

が、それはずっと収まらず、土曜の夜の今でも残っており、足の曲げ方によっては痛む。


痛風はおそれていた病気の一つだったが、親指ではなかったので痛風ではないと思った。

しかし調べてみると甲に症状が出ることもあるそうだ。


ビールは控えていたのに・・・。


健康診断でも異常はなかったはず、とよく見たら、

血清尿酸 7.2mg/dl

高尿酸血症が疑われる値 7.1以上

とあった。


よりによってここだけ見落とすとは・・・

診断結果の説明でもコレステロールだけにしか触れられなかった。

コレステロールは高すぎたからだろう。


酒だよな・・・

酒。