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2017年4月15日土曜日

痛風その後

左足の甲に違和感を感じて2週間がたった。

最初は明らかに痛みがあってかすかに腫れてもいたが、今はほとんど痛まない。

でも、まだ少し違和感がある。

激痛を感じることはなく、普通に生活し、酒も毎日飲み、食べたいものを食べて暮らした。

むしろ、いつもより飲み、食べたくらいだ。

週末にしていたランニングは中止。腕立て伏せもやめてしまった。

体重を測るのもやめた。


ときどき、両手の小指がしびれたような状態になることもあって、

体全体がやや不調になっているように感じる。


歳も歳だし、夜は12時前に寝れることなどまずないような日々が続いていたので、

疲れがたまっていたのだろう。


仕事の忙しさは少し落ち着いてきたので、なるべく早く帰るようにして、

無理をせずに、ときどき手を抜くこともするようにしている。


痛風になったことはかなりショックで、暴飲暴食の不摂生なダメ人間だという消えない烙印が押されてしまったように感じ、少し自暴自棄になっている。


本格的な発作が起きると赤く腫れあがり杖をついたりしないと歩けない程になるらしい。

私がtwitterでfollowしている人が私とほぼ同時に発作を起こしていたのだが、私とは比べ物にならないくらいの重症だった。

それを見ると、私のは本当に痛風だったのだろうか?と思うほどだ。


でも、健康診断の尿酸値は一線を越えていることを示している。


昨日、新宿を歩いていてバスから降りてきた70歳くらいの二人の男性は、ボサボサの白髪でパジャマのようなスウェットのようなものを着て、杖をついて、無精ひげでヨロヨロと、どこへ行くのか歩いていた。

病院へ向かうのか病院から帰って来たのか。

私は、このままでは確実に自分もあんな風になる、と暗澹たる気持ちになった。

あんな風になるくらいなら、もう今すぐにでも死んでしまいたいくらいだ。


死にたいという気持ちは20代の頃から、それこそ発作のように自分を襲った。

でも、体がそれを拒んだ。食欲や性欲や、自然を美しいと思う感情などが、死ぬことを拒んだ。

精神は、何故死なないのか、と反語を使うくらい、死ぬべきだと思っていた。


今や加齢によって体は死へ近づいてきたが、まだまだ反発している。

ビルの高い階で窓から外を眺めて、「ここから飛び降りたら死ねるな」と思うが、

飛び降りることなど絶対にできない。死んではいけないと思うからではなく、恐ろしいし、痛いだろうからだ。

死ぬなら一人でボロいホテルの部屋で首をつるというのが現実的だろうと思う。

首吊りは苦痛がすくなく成功率も高いときくが、

でもなんせやり遂げた人の体験談を聞くことはできないから、もしかしたら、

とても苦しいのかもしれない、

そもそも、

死んだあと、自分がどうなるのかがわからない。

自殺すると、死んだ後も苦しむというのは、私には本当に思えてならない。

それが、やっぱり、一番自死を思いとどまらせている一番の理由だ。