「やまない雨はない」系の話が嫌い

某大学で某タレントがスピーチをしているのをyoutubeで見た。

そのタレントは嫌われ者で有名なのだが彼を評価する人もいて、今回のスピーチも、
youtubeに投稿した人は素晴らしいと感じたようだが、

案の定、否定する人たちがたくさんあらわれた。


今更彼のことを批判しようとは思わないが、

彼のスピーチを聞いて、彼以外に二つのことについて不快感をおぼえて

吐き出さずにはいられなくなった。


まず、卒業式でタレントにスピーチさせるK大学。


そして、本題。

「やまない雨はない」
「夜明け前が最も暗い」
「人生に無駄な時間はない」
「努力は嘘をつかない」

この手のたとえが大嫌いだ。

苦しんでいる人、悩んでいる人、悲しんでいる人、
そういう人たちを励ますための言葉のようだが、
私には非常に「他人事感」が感じられる。

もちろん、自分で言ったことはない。
しかし、言われたことは何度もある。

「ため息をつくと不幸になる」

これもだ。

この手の言葉に対する反論を始めるといくらでも話せるが、
雨にしても夜明けにしても、自然現象がそうであるからといって、
人の苦しみや悲しみが同じように消え去ると決めつけることが許せない。

人生に無駄な時間はない、はたとえではないが、
無駄な時間は絶対にある。

というか、油断していたら無駄なことしかできない。
何も考えず欲望のおもむくままに食べて寝て飲んで騒いで気持ちのいいことだけをする。
カネがなくなったら仕方なく働く。
ほとんどの人はそうやって時間を無駄にしている。

努力は正しいしかたでしなければけっして報われることはない。
無意味な努力は何時間かけても、いくら金を使っても、何も生み出さない。

努力しても報われるかどうかわからないから、努力することは尊いのである。

悩みとか、重い病気であるとか、国家の体制であるとか、戦争とか、
それらが「雨」のようなもので、「いつか晴れるさ、元気出せよ」と言うのは、
相手の不幸を軽く考えていて、自分がわずらわされたくなくて面倒くさいときに言う言葉でしかない。

そしてそんな言葉を聞いて励まされたような気になっている人は、たいして悩んでも苦しんでもいないのだ。

日本のITが世界に通用しない理由が社会的文化的なものだというならどうするべきか

ある有名なIT系のベテランエンジニアの書いた「日本のITはなぜダメか」という短い話を読んだ。 ダメな理由は、理系の大学を出てエンジニアになっても自分はコードを書かず大学すらでていない下請けに書かせ下請けは言われたことをやるだけだから、というようなことであった。 カ...